『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.945

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たり草庵をむすび、しにところにいたし候て以來、さんけいのものもおほ, や年もより候間、とても日蓮以來之大なんをうけたる身なれは、佐渡へわ, なかく末代永々まて、諸宗だぢごくの大矢をいかけおき候、其後は我等事, を、御所も御こうくわい、又有心大名衆は、次第に我等をしたりせられ候、は, 委義は境智院申含候、御かつてん候はゝ、諸寺之手形待入候、恐々謹言、, く、佐渡をはんじやうさせ申候へは、日蓮上人の御おんとくをもおくるに, なり申候、かやうに申候とて、そなた衆之御そうさには少もなるましく候、, 所御あつめ候へ共、我等かけ候淨土宗へ二十三ケ條、江戸、駿河にて不返答, 師匠弟子六人、如法華經之金言、預及加刀杖者大法難、遂不惜身命立行畢、功, 元和三年丁巳卯月廿六日善海法印日經(花押), 我等落居、日本にかくれなき大ほうなんにあひ、又日本之余宗物しりを、御, 〔日經上人自筆本尊〕, 所之蒙御勘氣、遭天下無雙法難、其内慶長十四年二月廿日、於京都六條河原、, 此曼茶羅者、予法華弘通故、及五年、御, 不而徳豐、急就廣宣流布之祥瑞、而賚伊豆國〓〓}〓〕〓〓常住物、佛法繁, 佐渡法花宗諸寺か, 慶長十三年十一月十五日, 中邨日雍所藏, ○品川本光寺, 佐渡法花宗諸寺〓, 日經自筆, ノ本尊, 慶長十三年十一月十五日, 九四五

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  • 中邨日雍所藏
  • ○品川本光寺
  • 佐渡法花宗諸寺〓

頭注

  • 日經自筆
  • ノ本尊

  • 慶長十三年十一月十五日

ノンブル

  • 九四五

注記 (24)

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