『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.83

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子筑後守忠政繼ぐ、, スベシ、, けるか、此者甲斐々々敷朝夕のいとなみを勤む、則宮藏と名付るなり、, 巴の紋を付るゆへ、後迄定紋とす、又勢州宮川より、小冠者を招きめし遣ひ, 月二十三日合渡渡リノ條、九月二十一日石田三成就縛ノ條等ヲ參看, しか、或時畑の畔に休み居たりし處を、或時侍若黨五六人めし連、鎗を持せ, 方より、自身織たる麻布一端を送りけれは、紺屋へ遣し袴に染させけるに, を止めて侍と成、若黨分にて宮部善祥坊に仕ふ、其給分三石なり、時に伯母, て通りけるか、熟々と見て、侍ならぬものは人倫にてなしと頓悟して、百姓, うき年月を經けるか、信長公秀吉公二代、善祥, ばかりぞ太閤の御感には預りけり、, ○吉政ノ事蹟ニツイテハ、猶、慶長五年七月二十六日吉政西上ノ條、八, 慶長十四年二月十八日に卒す、其, 〔參考〕, 〔續武家閑談〕七田中筑後守吉政は、初久兵衞と云ふ、江州の民間に有り, 太閤の爲に罪かうむらせ給ひ、彼の御家人等も悉く誅せられにけり、吉政, 慶長十四年二月十八日, 一カヽル、附録〓ニ分收ス、, ○下略、忠政ノ兄弟ノコト, 頭夜, 話ニモ、マタコノ話ヲ載セタ, ○鶴, ○中, リ、大抵同ジキニヨリ略ス、, 略, 若黨, 善祥坊ノ, 吉政ノ少, 時, 慶長十四年二月十八日, 八三

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  • 一カヽル、附録〓ニ分收ス、
  • ○下略、忠政ノ兄弟ノコト
  • 頭夜
  • 話ニモ、マタコノ話ヲ載セタ
  • ○鶴
  • ○中
  • リ、大抵同ジキニヨリ略ス、

頭注

  • 若黨
  • 善祥坊ノ
  • 吉政ノ少

  • 慶長十四年二月十八日

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  • 八三

注記 (31)

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