『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.330

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某、多賀出雲守秀種、宮部兵部少輔定行、其餘松浦、坂田、南條、杉若、荒木、をよ, ひ大坂七手組等都合四萬餘騎、城の三方を取圍み、湖水の西は増田の兵, のみならす、立花勢長等山より城中に大筒を打入、これにより防戰難儀, 門某、丁子五郎兵衞某、尼子外記某、服部佐渡某等、立花か陣に夜討して、赤, 宗茂攻來るにより、兵士等城中に引入、七日筑紫上野介廣門、石川掃部頭, 士増田作右衞門某を將とし、船筏に乘て押寄、浦々の船を奪ひ、城中の通, 旗三本分捕す、十二日寄手惣堀を埋め、十三日惣軍堀に附て攻伐により, 路をたちて攻討、諸手の鐵炮はけしくして、城壁悉くうちやぬらる、しか, 元安相坂に寄來る、城兵防戰してこれを追退るのところ、勢多より立花, 勢多につかはす、これよりさき、立花宗茂より、高次か籠城を大坂に注進, にをよふ、十一日城兵赤尾伊豆某、三田村出雲某、同吉助某、内田太郎左衞, す、これにより豐臣秀頼母儀の使として、木下備中守某, 日大津の町を燒拂ふ、その火いまた消さるうち、毛利家の將吉川駿河守, 大津に來りて、異見を加ふといへとも、高次かつて承引せす、六, 命を輕むし相戰ふといへとも、終に防きかたく本丸に引入、家臣山田, 慶長十四年五月三日, 部少輔ヲ, 載セタリ, ハ、此下ニ澤田刑, ○京極勳家譜二, ○京極, ヲ諭ス應, 水陸大津, 大坂ノ軍, ゼズ, 淀君使ヲ, 城ヲ圍ム, 遣シ高次, 三三〇

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  • 部少輔ヲ
  • 載セタリ
  • ハ、此下ニ澤田刑
  • ○京極勳家譜二
  • ○京極

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  • ヲ諭ス應
  • 水陸大津
  • 大坂ノ軍
  • ゼズ
  • 淀君使ヲ
  • 城ヲ圍ム
  • 遣シ高次

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  • 三三〇

注記 (29)

  • 1089,697,71,2153某、多賀出雲守秀種、宮部兵部少輔定行、其餘松浦、坂田、南條、杉若、荒木、をよ
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  • 619,712,72,2145のみならす、立花勢長等山より城中に大筒を打入、これにより防戰難儀
  • 383,703,76,2157門某、丁子五郎兵衞某、尼子外記某、服部佐渡某等、立花か陣に夜討して、赤
  • 1205,695,72,2160宗茂攻來るにより、兵士等城中に引入、七日筑紫上野介廣門、石川掃部頭
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