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萬二千百石餘を領す、十一年、本城, 千枚をたまふ、室は淺井備前守長政か女、慶長三年八月八日、豐臣太閤よ, 卒するのゝち、常高院と號す、, 忠吉と名のり、左弘行の御刀をたまふ、, ゆく、六年近江國高島郡のうちにをいて七千石餘を加へられ、すへて九, り、近江國蒲生郡のうちにをいて、二千四十石餘の地をあたへられ、高次, まひ、八萬五千石餘を領し小濱城に住す、十月いとまたまはりて領國に, き高次病にかゝるにより、御書を下されてたつねさせたまひ、かつ本城, 江戸に參り、二月十日台徳院殿の御前にをいて元服し、御諱字をたまひ, 經營の速になりし事を賞せらる、十四年五月三日、小濱にをいて卒す、年, 母常高院、これを養ひたてまつりて、熊麿か室にさたむ、この年はしめて, 四十七、徹宗道閑泰雲寺と號す、戸田備後守重元を小濱に下されて、賻銀, 十一年三月三日、從五位下, におもむく、八年伏見にをいて、初姫君生誕のとき、東照宮の仰により、嫡, 普請の事をうけたまはる、このと, 忠高母き山田氏、文祿二年京師安久居に生る、慶長五年人質として大坂, 侍從に敍任し、若狹守と稱す、五月七日從四位下に昇り、十四年遺領を繼, 慶長十四年五月三日, ○常高院ノ卒スルコトハ、寛永十年八, 月二十七日ニ本條アリ、參看スベシ、, 一歳、, 時に十, ○江, 戸, 家康賻銀, ヲ賜フ, 忠高, 二三二
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- ○常高院ノ卒スルコトハ、寛永十年八
- 月二十七日ニ本條アリ、參看スベシ、
- 一歳、
- 時に十
- ○江
- 戸
頭注
- 家康賻銀
- ヲ賜フ
- 忠高
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- 二三二
注記 (28)
- 1579,695,59,996萬二千百石餘を領す、十一年、本城
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