『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.344

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又何の口碑を傳へす、かくて大夫池田氏, 居に隱る, 云へり、, 來て當城に在番す、, 兀、四代四郎左衞門義貞、五代太兵衞義春、六代四郎兵衞義枝、これ當主なり、, 當時本姓を憚りてかく稱せしにや、又, 取の初代は、中村六郎兵衞一清と號す、二代四郎兵衞清義、三代平右衞門義, 汗入郡逢坂に土著, せられし時、何の頃歟、故有て當家を扶助せられ、遂に因循して臣となり、鳥, 感應寺筆記に、十六代日眞上人、寛延, 三年、彼島村に至り、一忠より五代の孫梅里榮伯と云ふ人, 又後朝比奈源六郎、久貝忠三郎、弓氣多源七郎上使にて、下知状を賜ふ, 組頭矢野氏、其舊主家たるを以て、今に至てこれを待〓に賓禮を以てすと, 一忠卒して、其月古田大膳大夫重治、一柳監物直盛、口命を受て, 路傍に墓ありと云へるに因りて、彼村に至りこれを尋ぬに詳ならす、村民, を訪ひ云々、又榮伯、寛延四年五月十一日死、深光院宗見日義居士, と號すと記せり、末に擧る系圖に、當家梅里と稱せし事あれは、, 姉は天祥公の女, 日に同し、眞, 房を勤むと云ヘ, 氏五代ノ祖長常梅里平大夫トアリ、, に然るにや, ○池田光政ノ, 忠の忌, 民諺記に、即年五月廿日、兩人來て云々と云へるは非な, ○本書ノ末ニ掲ゲタル系圖二ハ、一, り、廿日の頃、中村氏の使者、いまた江戸に達す可からす、, 大夫池田由成, 日月一, 蕃と號すと記す、然るや否や, 〓應寺筆記に、此子後中村玄, ○中, ハ、下文參考〓ニアル令, 略, 知状, 條ト同ジキ二ヨリ略ス, ○下, 梅里榮伯, 慶長十四年五月十一日, 三四四

割注

  • 姉は天祥公の女
  • 日に同し、眞
  • 房を勤むと云ヘ
  • 氏五代ノ祖長常梅里平大夫トアリ、
  • に然るにや
  • ○池田光政ノ
  • 忠の忌
  • 民諺記に、即年五月廿日、兩人來て云々と云へるは非な
  • ○本書ノ末ニ掲ゲタル系圖二ハ、一
  • り、廿日の頃、中村氏の使者、いまた江戸に達す可からす、
  • 大夫池田由成
  • 日月一
  • 蕃と號すと記す、然るや否や
  • 〓應寺筆記に、此子後中村玄
  • ○中
  • ハ、下文參考〓ニアル令
  • 知状
  • 條ト同ジキ二ヨリ略ス
  • ○下

頭注

  • 梅里榮伯

  • 慶長十四年五月十一日

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  • 三四四

注記 (40)

  • 1102,615,64,1208又何の口碑を傳へす、かくて大夫池田氏
  • 1817,608,52,277居に隱る
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  • 402,619,59,568來て當城に在番す、
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  • 1333,1695,62,1144當時本姓を憚りてかく稱せしにや、又
  • 864,613,67,2230取の初代は、中村六郎兵衞一清と號す、二代四郎兵衞清義、三代平右衞門義
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