『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.784

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御かたへは御こふあわはかりらる、, を、其松枯て今山茶を植たり、, 田親豐に嫁す、因て本田か子孫世々祭事を主る、始め松樹を植て標とせし, 陽明御參之由、時興ニ御言傳アリ、, 松木少將墓同處西昌寺跡にあり、自然石を建て標とす、寛永五年戊辰八, 月廿二日、當島にて沒す、事き上章に云るか如し、梶原宗政家譜を按するに、, 子伊兵衞嗣子なし、, いらせらるゝ、御さか月二こんらる、御こふあわかちんにてらる、十の宮の, 頼國沒後、其妾梶原氏か女を寵して、二女一男を生、長女は早世し、二女は島, 津家久に仕へ、承應二年痘を患て死す、男を少兵衞といふ、松木氏を冐す、其, にて、女御より御たるらる、御所より御ふく一かさね、御しらかの御なかま, 十一月十二日、はるゝ、十の宮の御かた御くしをき, 皇子十宮、御髮置ノ儀アリ、, 十二日, ○十宮御誕生ハ、十三年二月二十二日ニ其條アリ、參看スベシ、, 〔御湯殿上日記〕, 〔時慶卿記〕〓十一月十二日、天晴、風立、十宮御方御髮置アリト、予ハ不召、, 時慶卿記〕, 慶長十四年十一月十二日, 六十, 庚, 尚, 五, 信墓, 中御門宗, 御くしを, きさ, 慶長十四年十一月十二日, 七八四

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  • 六十

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  • 信墓
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  • 慶長十四年十一月十二日

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  • 七八四

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