『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.821

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の途を講ぜり、有馬殿は到著に及び、他事の爲めに來りたる風を裝ひしが, 組員の恙なからん爲め常に注意せり、此懸念と後の破滅との原因は、媽港, 并に有罪者を殺すべきを命じたり、葡人は此計略の報に接し、之を〓るゝ, 定期船の遭遇したる不幸なる事件の紀事, 鬪にあり、この混雜鎭定したる後、法官は我邦人に犯罪者の引渡しを求め, に至り、公方に事の顛末を報じたるに、彼は他にも葡人に不滿なる事あり, 品を搭載したるまゝ、次に述ぶる如く、火并に水の爲め、悲しむべき難破を, に於て葡人と日本人との間に起り、雙方數人の死者を出すに至りたる爭, アンドレアは彼の到著したるを知り、船より上陸することなく、又其部下, なせり、船長は葡人にて、其名をアンドレアといひ、好き武士にして、兵事に, たるが、之に應ぜざりき、日本人中數人は之を憤〓し、シルンガ(駿河)の朝廷, たれば、對手の報告を待たずして、基督教徒たる有馬殿に、長崎に至り、船長, 貿易船は長崎に入港し、永く碇泊したる後、我等并に基督教徒全體の必需, 經驗あるを以て、諸人皆之を尊重せり、彼は萬一の事變を慮り、自己并に乘, 千六百十年一月六日, 〔日本耶蘇會年報〕, 日本, 千六百九年, ○慶長十四年, 千六百十年, 十二月十二日, ドレア, 船長アン, 慶長十四年十二月九日, 八二一

割注

  • 千六百九年
  • ○慶長十四年
  • 千六百十年
  • 十二月十二日

頭注

  • ドレア
  • 船長アン

  • 慶長十四年十二月九日

ノンブル

  • 八二一

注記 (25)

  • 384,627,59,2222の途を講ぜり、有馬殿は到著に及び、他事の爲めに來りたる風を裝ひしが
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