『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.980

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て退く、このとき、北條氏政より感状をゝくる、十八年、小田原城にこもり、, をいたすのとき、國繁所々の城を堅く守て防き戰ふか故に、輝虎兵を引, 系に貞氏を義貞あるひは義宗か子とするかことき、ひとへに家傳のみに, 々小野氏にして、成繁か由良に改めし時より、もとの姓氏に復せしか、其家, 考ふるに、横瀬の小野氏たる事證跡ある時は、貞氏より成繁に至るまて、代, かとき由良に復すといひ、また、今の呈譜横瀬は小野氏なりといふ、諸史を, 沒落のゝち、豐臣太閤より常陸國牛久にをいて五千四百石餘の釆地を, して、官本の系圖をよひ、諸記録に見るところなく疑ふへし、よりて、義貞以, 國繁母は赤井刑部少輔幸家か女、天正二年四月、上杉輝虎桐生金山に兵, 足高を稱す、兄貞繁か養子、, 成繁、, 上は收録せす、, 貞氏, 雅, ○以下女子三人, アレドモ略ス, 新六郎、, 今の呈譜, 今の呈譜, 樂介、刑部大輔、信濃守、, 衞、, 新六郎、, 新六郎、出羽守、信, ○コノ間, 熊壽丸、六郎、, 濃守、從五位下、, か増とな〓、その家を繼, 國壽丸、六郎, 國繋ノ履, 歴, 其系圖, 慶長十六年正月三日, 九八〇

割注

  • ○以下女子三人
  • アレドモ略ス
  • 新六郎、
  • 今の呈譜
  • 樂介、刑部大輔、信濃守、
  • 衞、
  • 新六郎、出羽守、信
  • ○コノ間
  • 熊壽丸、六郎、
  • 濃守、從五位下、
  • か増とな〓、その家を繼
  • 國壽丸、六郎

頭注

  • 國繋ノ履
  • 其系圖

  • 慶長十六年正月三日

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  • 九八〇

注記 (33)

  • 307,712,61,2168て退く、このとき、北條氏政より感状をゝくる、十八年、小田原城にこもり、
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