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の臣遠山彦六, にまみえたてまつり、廩米五百俵をたまふ, 長母之方え御書ヲ被下、繁廣か子孤となり、牢々して有之由不便ニ被思召, 正房母は景信か女父繁廣死するのとき、正房わつかに四歳にして、母か, 訴るむねありて、六月六日江戸にいたり、八日死すといふ、妻は水戸家, 寛永二年、御小性組に列, 百石をたまふ, 嗣とせむ事をこひ申さむと、江戸に下るのよしきこはえしかは、繁廣も, 所縁によりて、上總國山邊郡南縣に寓居す、慶長十九年、はしめて東照宮, 石を加へられ、廩米を釆地にあらため、下總國庄内領のうちにおいで七, し、三年、台徳院殿洛にのほらせしまふのとき扈從す、十年二月七日、二百, 邊郡南縣ト云所、母方之縁有テ居住、送三ケ年、同十八年、池田三左衞門輝政, 之御後室綾松院殿は、始北條左京大夫氏直之室たるに依て、其好を以て、氏, 某、日頃繁廣と不快なるにより、保科彈正忠正直か四男久太郎氏重を, 景信か女、, 依爲幼少、沙汰ニ不及して岩留城ヲ出て、孤ト成テ上總國山, 子氏長, 〔譜牒餘録後編〕, (富〕, 〔譜牒餘録後編〕〓條安房〓第上〓、〓〓ヴ〓入〓或改重、〓〓雜議病読, 今の呈譜, ○下, 彦六郎, ○上略、氏勝ガ甘繩籠城ヨリ、其子繋廣病死, 六歳, 安房, 時に, )北條安房守等ノ事二カヽル、大抵寛政重修諸家譜ニ同, 略, 守、, 十, 十略, 北條氏長, ノ幼時, 正房, 慶長十六年三月二十四日, 一一七三
割注
- 今の呈譜
- ○下
- 彦六郎
- ○上略、氏勝ガ甘繩籠城ヨリ、其子繋廣病死
- 六歳
- 安房
- 時に
- )北條安房守等ノ事二カヽル、大抵寛政重修諸家譜ニ同
- 略
- 守、
- 十
- 十略
頭注
- 北條氏長
- ノ幼時
- 正房
柱
- 慶長十六年三月二十四日
ノンブル
- 一一七三
注記 (37)
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