『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.1031

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たれか世になからへはつる身のあるとおもひしる〳〵したふわかれち, みちしはの露ときへつゝゆく人のあとにをひつくならひあれかし, あたし世にきえにし人をけふはとひあすはとはれんわか身はかなし, 慶長十六年卯月六日, ふりにけるわか身のはてはしら雲のむなしきそらになにのこるらん, つくり、彼佛前へそなへ侍りけるとそ、, むつましきなさけおもへはなみた川なけきゆへには袖は波こす, 其比、南蠻人多來りて、山川より喜入邊迄の濱邊之蘆原無用之地、横壹町程, よし、風のたよりにきゝしより、愁傷かきりなく、雙袂をしほるはかりにて、, 僧を供養し廻向のつゐてに、彌陀の寶名を歌の頭にすへて、六首の道歌を, なかきよのわかれとしれはうみやまをへたてゝをそくきゝしかなしさ, 〔薩州舊傳記〕人龍伯公御代、薩州山川衆中鮫島圓成坊と云山伏有、然に, 〔近衞家文書〕, 物慶長十六年正月仲旬のころ、法印龍伯逝去の, 〔近衞家文書〕射〓院筆物慶長十六年正月仲旬のころ、法印龍伯逝去の, 〔附録, 東求院筆物, モ、今省略ス、, 載セタレド, 十, 悼メル和, 近衞前久, ノ義久ヲ, 歌, 慶長十六年正月二十一日, 〔附録, 一〇三一

割注

  • 東求院筆物
  • モ、今省略ス、
  • 載セタレド

頭注

  • 悼メル和
  • 近衞前久
  • ノ義久ヲ

  • 慶長十六年正月二十一日
  • 〔附録

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  • 一〇三一

注記 (27)

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