『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.122

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せしと語る、, 秀吉は、天然の果報によりて、身を起せし人故、公上成事ニは便り少く、尤前, 武士哉と評せしに、或老人聞て、其人にて、淺野彈正といふ智仁勇の三徳を, ふ時、扨々へらす口をいりるゝ人也と笑はれしと、太閤記に書出せしは不, 端賢く讒諛を以功を匠み申人、即時に勝用ひられしに、毎事勝利を得し事, け嫌ひたるよし、さあらは、信長なとの如く、殃死にも値さるは、誠に冥加の, 審なり、其時を以見るに、是は山口甚兵衞か、添田甚左衞門の謂なるへし、常, 備へし人屬隨ひて、毎事危きを闕き、其身命を投うちて補翼したる故、誤を, は不思儀也といふ、尤仁義の沙汰におよふ人をは、武篇鈍き質なりとて、避, りく、それは敵にもよるへし、此玄蕃を相手にして、是程の勝は仕合かとい, 除きしと聞く、誠に此彈正は、蕭何ニも劣るましき才智人なりと、故人を評, 有、玄蕃の曰、今日秀吉の軍法は、天晴出來物成といふ、長政公申さるゝは、出, て、則玄蕃を生捕、長政公に預ケ置れし時、長政公より、湯漬食を與へて〓應, 秀吉、濃州大垣より、只一夜中にしつか嶽え押著、佐久間玄蕃と戰、速に打勝, 陣の度に某供せさる事なし、今日迄は一度も不出來の事は無之、玄蕃又い, 物評, 長政佐久, 間盛政ニ, 湯漬ヲ供, 長政ノ人, ス, 慶長十六年四月七日, 一二二

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  • 物評
  • 長政佐久
  • 間盛政ニ
  • 湯漬ヲ供
  • 長政ノ人

  • 慶長十六年四月七日

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  • 一二二

注記 (23)

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