『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.229

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一百姓之儀は、科人引負仕候ものせんさく之上、可被相返事、, 十三日, 以上, 一奉公人下人、無相違被仰合候事, 相馬へ之人返之事, 八月七日, あふくかなみくさうけつき國民の五の常の道まもるよを信尹, すなほなるよに立歸り今も又猶たゝしかれ敷島の道御製, 我君のいくよふへきも白糸のなかきためしや敷島の道信尚, なへてよにあふくやおもき我君のもゝのつかさをしき島の道光宣, 慶長十七年, 寄道祝世, 〔禁中御會〕慶長十六年五月十三日、禁裏御會始、勅題、, 伊達文書〕, 〓和歌御會始、, 〔附録〕, 〓和歌御會始、, 胤トノ人, ト相馬利, 伊達政宗, 返シ, 御製, 慶長十六年五月十三日, 〔附録〕, 二二九

割注

  • 〓和歌御會始、

頭注

  • 胤トノ人
  • ト相馬利
  • 伊達政宗
  • 返シ
  • 御製

  • 慶長十六年五月十三日
  • 〔附録〕

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  • 二二九

注記 (25)

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