『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.482

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所ト云村ヨリ出、隼人甥小左衞門、庄所ニ住、, 頭其時をうつさず、陣羽織或は感状をあたへ、人々もみな羨みて、ほめたて, く鉄炮に中りて死しけり、危き事よ、はや是までにて、武士の仕へはすまじ, きとおもひたるに、歸るやいなや、清正時をすかさず、今日の働神妙いはん, かたなしとて、刀を賜りき、斯の如く、毎度其場を去ては、後悔すれども、主計, 此覺兵衞は、清正の時、武功の大將な, 加藤忠廣物語、附、飯田覺兵衞が事、, 庄林ト一同ニ、森本天野トテ、清正ヘ出、七千石ツヽ取シカ、子孫ナシ、, けるは、我一生主計頭にだまされたり、初て軍に出て功名しける時、朋輩多, たりしゆゑ、其にひかれて、やむ事を得ず麾を取、士大將といはれしは、主計, の内武勇の者也、, 初仕仙石權兵衞、後仕清正、七千石、與力同心共一萬石、其後細川仕、今浪人也、, り、初は角といふ字なりしに、太閤、覺の字に書替させられしとぞ、覺兵衞云, 頭にたまされて本意を失ひたるなりと、忠廣沒落の後、京に引籠り、再仕を, 〔十竹齋筆記)〕三庄林隼人ハ、荒木ノ家人ニテ、高槻領安滿ト云郷ノ内庄, 〔常山紀談, ○上略、忠廣、二重鎧著用セント欲スト, イヒシヲ、覺兵衞ノ諭スコトニカヽル, 十, 飯田覺兵, 庄林隼人, 衞, 慶長十六年六月二十四日, 四八二

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  • ○上略、忠廣、二重鎧著用セント欲スト
  • イヒシヲ、覺兵衞ノ諭スコトニカヽル

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  • 飯田覺兵
  • 庄林隼人

  • 慶長十六年六月二十四日

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  • 四八二

注記 (24)

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