『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.484

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

本意をは、こと〳〵辨へられしゆへにこそ, 出しかたし、何れも御馬のさきにて、御用に立へき命を、茶碗に思ひ替らる, も汚すは、口惜しき次第なり、定て割たる者は一人なるへし、申出さるこそ、, 覺兵衞、三宅角左衞門など、一騎當千の剛の者なりし、或時、いつれも列座し、, 言語同斷なれと忿られけるに、加藤平三郎とて、十四歳に成しの、進み出て, へき御樣子なれは、いよ〳〵申出かたしといふ、清正も、理の當然なれは、内, 清正昔し物語せられし席に、辨慶ほとの忠信勇者は、又有かたのるへしa, れは當人を隱し候旨を申合て候へは、たとへ一命を召れ候とも、誰かは申, よく御詮議有へき事とも存せす、土器に士をかへ給ふへき事にあらす、さ, 申は、御茶碗をくたきし者は、私にも致せよ、一人にて候へとも、かくまてに, 出る人のあらん、然所に、親共か武勇戰功まてを仰せ出さるゝ上は、猶以申, 又、先手の部將に、加藤右馬允、並河志摩、中老には庄林隼人、森本義太夫、飯田, 心には感し入給ひけれとも、若年ものゝ事、其上いゝかゝりなれは、こしや, くなる悴と云すてゝ座を立れける、世に聞へたる荒大將なれとも、武道の, 申されし時、森本進み出て、只今にても、武藏坊ほとの忠臣勇者は、幾人も有, ○中, 略, ト辨慶二, ツイテク, 問答, 本儀太夫, ノ言ヲ聽, 清正ト森, 清正小性, 慶長十六年六月二十四日, 四八四

割注

  • ○中

頭注

  • ト辨慶二
  • ツイテク
  • 問答
  • 本儀太夫
  • ノ言ヲ聽
  • 清正ト森
  • 清正小性

  • 慶長十六年六月二十四日

ノンブル

  • 四八四

注記 (26)

  • 620,622,67,1280本意をは、こと〳〵辨へられしゆへにこそ
  • 1091,619,72,2210出しかたし、何れも御馬のさきにて、御用に立へき命を、茶碗に思ひ替らる
  • 1788,619,77,2221も汚すは、口惜しき次第なり、定て割たる者は一人なるへし、申出さるこそ、
  • 388,627,78,2224覺兵衞、三宅角左衞門など、一騎當千の剛の者なりし、或時、いつれも列座し、
  • 1665,608,79,2213言語同斷なれと忿られけるに、加藤平三郎とて、十四歳に成しの、進み出て
  • 970,626,79,2206へき御樣子なれは、いよ〳〵申出かたしといふ、清正も、理の當然なれは、内
  • 271,627,75,2207清正昔し物語せられし席に、辨慶ほとの忠信勇者は、又有かたのるへしa
  • 1320,623,75,2207れは當人を隱し候旨を申合て候へは、たとへ一命を召れ候とも、誰かは申
  • 1436,622,73,2203よく御詮議有へき事とも存せす、土器に士をかへ給ふへき事にあらす、さ
  • 1551,613,77,2210申は、御茶碗をくたきし者は、私にも致せよ、一人にて候へとも、かくまてに
  • 1208,616,73,2214出る人のあらん、然所に、親共か武勇戰功まてを仰せ出さるゝ上は、猶以申
  • 506,626,76,2213又、先手の部將に、加藤右馬允、並河志摩、中老には庄林隼人、森本義太夫、飯田
  • 855,626,78,2197心には感し入給ひけれとも、若年ものゝ事、其上いゝかゝりなれは、こしや
  • 740,623,75,2203くなる悴と云すてゝ座を立れける、世に聞へたる荒大將なれとも、武道の
  • 155,635,76,2202申されし時、森本進み出て、只今にても、武藏坊ほとの忠臣勇者は、幾人も有
  • 666,1929,37,108○中
  • 621,1928,40,37
  • 204,271,38,151ト辨慶二
  • 162,268,36,157ツイテク
  • 114,261,43,84問答
  • 248,261,42,168本儀太夫
  • 1545,252,43,168ノ言ヲ聽
  • 290,260,47,170清正ト森
  • 1591,245,42,172清正小性
  • 1901,676,46,472慶長十六年六月二十四日
  • 1923,2409,39,122四八四

類似アイテム