『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.489

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者の見せしめの爲に抱へ置へし、今一人は、其方か申候處、其方には似合ぬ, の望、侍の本意なれは召抱へし、年老たる人の事、數度用に立しも、我よく知, 林隼人にちなみて頼しかは、其由を申せしに、肥後殿仰けるは、仙石か立身, の用にたちぬへき者なりと、人々見立たるなり、此三人、みな家老なりし庄, き所と定めたるは、殊の外に沓入したる者なり、人は今死ぬる迄も、望の有, たる歟、さらは、當家の若者ともは、其方を恨る事有へし、我は我家中の若者, れる者也、然とも今生の望なく、後世一偏に心をつくして、茶を呑、當家をお, 事のたのもしく、何の望もなきものは、抱へ置てもいらさる者なれと、若き, ぬるをも、高知を與へ馳走する事は、若き時見及聞及、初て武道をはけまし, 也、沙汰の限なるへし、其理き、用に立へき者と、諸人の見たてたれは、抱へ置, 共は、こと〳〵く用に立へきものなりと存也、若き時用に立たる者の、年老, めん爲にこそあれ、其方なとは、一言も大事なる事なれは、能々分別あるへ, へしとならは、我家の若者共は、用に立ましきものともと見たてたるに似, き事也とありけれは、隼人も至極の道理にせめられ、言語を絶しけり、, 慶長十六年六月二十四日, ○「武, しては』及ビ新井白石先生祕, 士と, 書ニモ、コノ事ヲ載セタリ, 慶長十六年六月二十四日, 四八九

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  • ○「武
  • しては』及ビ新井白石先生祕
  • 士と
  • 書ニモ、コノ事ヲ載セタリ

  • 慶長十六年六月二十四日

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  • 四八九

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