『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.655

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は、老領主の兄弟, 三郎殿, で祝砲を發せり、, ンク船に乘りて、薩摩に來り、逆風の爲めに、十八日間同地に碇泊せり、此日, きを以て、大に困難を感ぜり、, 同日、長崎奉行の返書來り、予等の通知を謝し、不日上野殿, 會の重役諸君が、過大なりとすべきものも、當所にては、過少と見做さるべ, 若領主を訪ひ、紹介状及び案内の士一人を請求せり、彼は又、其舟人を何人, せり、彼等は、三月三日、パタニを發して暹邏に至り、同所に於て、日本のジヤ, 及び庄, にても貸與すべしといへり、贈り物については、尚ほ協議を重ねたるが、商, 伴者の事に付き、言ふ所なろりしは、大に喜ぶべきことなりき、夕刻、若領主, ン、アルクマル。ヤン、コル子リスゾーン、ファン、エンクホイゼン、長崎より到著, 來りたることなく、我國民に對して好意を有するが故に、その去るに臨ん, 同月十一日、皇帝其他に贈るべき品の事を決せり、皇帝は齡七十に近く、曩, 同月十日、今朝補助員ハンス、フェルストレーペン。コル子リス、ラウレンス、ファ, に宛てたる、紹介状を送るべき旨を報じ越せり、書中に、同, を伴ひて、船に來れり、彼は、これまで、船に, ○鎭信ノ弟豐後, 野介正純, ○本多上, 守信實ヲイフ, ○後藤庄, 三郎光次, 慶長十六年七月二十五日, 六五五

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  • ○鎭信ノ弟豐後
  • 野介正純
  • ○本多上
  • 守信實ヲイフ
  • ○後藤庄
  • 三郎光次

  • 慶長十六年七月二十五日

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  • 六五五

注記 (26)

  • 570,595,57,492は、老領主の兄弟
  • 808,596,54,201三郎殿
  • 338,598,53,500で祝砲を發せり、
  • 1504,612,62,2216ンク船に乘りて、薩摩に來り、逆風の爲めに、十八日間同地に碇泊せり、此日
  • 1043,599,54,860きを以て、大に困難を感ぜり、
  • 922,593,59,1729同日、長崎奉行の返書來り、予等の通知を謝し、不日上野殿
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  • 1272,603,59,2215にても貸與すべしといへり、贈り物については、尚ほ協議を重ねたるが、商
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