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ころなり、室は、森川金右衞門氏俊か女、, る小屏風一雙をたまふ、四月九日, 利直母は氏俊か女、慶長十二年生る、十七年、遺領を繼, 濃國上田城をせめ給ふのときも扈從す、後、信國の短刀を賜はり、十二月、, 三丸に住す、十年二月、御上洛のとき供奉し、四月二十六日、將軍宣下拜賀, 幡太郎の畫幅、土佐筆三十六歌仙の屏風、冷泉爲和筆の伊勢物語、ちくさ, 五年、上杉景勝征伐として、御發向のとき供奉し、下野國小山に至り、又、信, せさせたまふのとき扈從す、十三年八月、駿府城に入せ給ふのときも、し, て東照宮にまみへたてまにり、外山と號す伽羅をたまふ、, たかひたてまつる、かつて台徳院殿親筆の和歌、をよひ、粟田口法眼筆八, 從五位下、民部少輔に敍任す、七年七月、釆地をあらためられ、上總國久留, といへる勢の胴を賜ふ、十七年三月、病をとはせられ、野菊に苅萱を畫〓, 里城を賜ひ、加増ありて、すへて二萬石を領す、これよりさき、仰によりて、, められ、下總國相馬郡のうちにうつされ、加恩ありて千石を知行す、慶長, 閑圓覺寺と號す、久留里の圓覺寺に葬る、これ忠直か、かつて開基すると, 卒す、年三十五、琴〓靜, 十一月、はしめ, ○藩翰譜ニハ、三, 月廿四日トス、, 時に, 六歳, ○下, 略, 圓覺寺二, 秀忠病ヲ, 問フ, 上總久留, 葬ル, 里城ニ轉, 封, 利直, 慶長十七年四月九日, 六七一
割注
- ○藩翰譜ニハ、三
- 月廿四日トス、
- 時に
- 六歳
- ○下
- 略
頭注
- 圓覺寺二
- 秀忠病ヲ
- 問フ
- 上總久留
- 葬ル
- 里城ニ轉
- 封
- 利直
柱
- 慶長十七年四月九日
ノンブル
- 六七一
注記 (33)
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