Loading…
要素
割注ノンブル
OCR テキスト
吉兵衞、藏人との供のものとの間を立ふさき押ゑ、少し奧の御番所へ、まか, も御詮義の内、下百石町へ下り申度旨、訴訟申上候者も有之ニ付、願の通に, 處を、透間もなくつゝいて、竹森六之助走りより、脇差をぬき持、前へ廻り、藏, 被仰付、御下ケなされ候、下へのき果す者も纔になり、其日は過て、翌六月廿, 有之候へとも、尋出し、又は藏人か屋敷へ引籠候者も、數多御座候を、家來と, り通らんとする處を、兼平源助聲をかけ、藏人か後よりいたき付、組留申候, 人をけさかけに切付る、其時、藏人大脇差をぬき、既に源助を引立、源助かい, 人にて討留申候、右吉兵衞、六之助、源助、孫助四人にて討取申候、其時藏人内, の組の者とも、并連判の者家來なとは、方々の山々所谷にかくれ退候者も, 兵衞、八木專太郎不儀に付、御成敗になり候, たき付たる手よりぬけ出、かけ出候處を、服部孫助、竹森六之助追つき、右兩, の朝、, 夜の明はなれに、藏人, 屋形樣へ御暇乞に參り、御廣間へ上り候節、東海, 九里武, 申上候得者、御前大に御耻入之御樣子にて、奧へ入給ふ、其後、御行跡も宜敷, 相成申候, 廿日, 〔津輕信枚公御代日記〕慶長十八癸丑年二月廿七日、, 源左衞門イ, 年二月とあり, 津輕舊記二同〃, ○中略、大抵上ノ, 一説には、十七, ○高, ○六, 月、, 坂、, 慶長十七年六月二十日, 九〇一, 慶長十七年六月二十日
割注
- 年二月とあり
- 津輕舊記二同〃
- ○中略、大抵上ノ
- 一説には、十七
- ○高
- ○六
- 月、
- 坂、
柱
- 慶長十七年六月二十日
ノンブル
- 九〇一
- 慶長十七年六月二十日
注記 (31)
- 1303,642,65,2213吉兵衞、藏人との供のものとの間を立ふさき押ゑ、少し奧の御番所へ、まか
- 366,648,63,2215も御詮義の内、下百石町へ下り申度旨、訴訟申上候者も有之ニ付、願の通に
- 1071,640,63,2226處を、透間もなくつゝいて、竹森六之助走りより、脇差をぬき持、前へ廻り、藏
- 249,643,62,2221被仰付、御下ケなされ候、下へのき果す者も纔になり、其日は過て、翌六月廿
- 486,644,61,2220有之候へとも、尋出し、又は藏人か屋敷へ引籠候者も、數多御座候を、家來と
- 1189,640,62,2230り通らんとする處を、兼平源助聲をかけ、藏人か後よりいたき付、組留申候
- 956,643,59,2214人をけさかけに切付る、其時、藏人大脇差をぬき、既に源助を引立、源助かい
- 720,644,60,2225人にて討留申候、右吉兵衞、六之助、源助、孫助四人にて討取申候、其時藏人内
- 602,652,61,2212の組の者とも、并連判の者家來なとは、方々の山々所谷にかくれ退候者も
- 1538,640,62,1293兵衞、八木專太郎不儀に付、御成敗になり候
- 839,647,59,2222たき付たる手よりぬけ出、かけ出候處を、服部孫助、竹森六之助追つき、右兩
- 1549,2745,54,131の朝、
- 1421,640,61,642夜の明はなれに、藏人
- 1426,1434,59,1432屋形樣へ御暇乞に參り、御廣間へ上り候節、東海
- 1667,2659,54,204九里武
- 1891,635,68,2231申上候得者、御前大に御耻入之御樣子にて、奧へ入給ふ、其後、御行跡も宜敷
- 1773,642,54,278相成申候
- 1546,2433,56,140廿日
- 1634,595,104,1641〔津輕信枚公御代日記〕慶長十八癸丑年二月廿七日、
- 1253,1438,37,201源左衞門イ
- 1650,2240,42,400年二月とあり
- 1532,1946,42,458津輕舊記二同〃
- 1577,1949,40,465○中略、大抵上ノ
- 1693,2245,44,394一説には、十七
- 1455,1302,39,109○高
- 1575,2603,41,105○六
- 1531,2601,41,51月、
- 1410,1299,44,56坂、
- 147,713,44,425慶長十七年六月二十日
- 150,2447,47,119九〇一
- 147,713,44,425慶長十七年六月二十日







