『大日本史料』 12編 11 慶長十八年三月~同年九月 p.252

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らじと疑ひ、數多の犬を放ちかけて試らるゝに、犬どもみな頭を低、膝を折, て、吠る〓あたはず、彌瞋りて弓を取、只一箭に射倒さんと箭を放つに、その, 和尚に傳へ、和尚白籏一流の法をは、上人に傳へられたり、仍て取替しの名, もの衆、病悉く痊、今現に塔乃澤の藥湯と號するもの是なり、, ち石間より温泉涌出たり、念光是に浴して病平愈す、傳へ聞て、至り浴する, 惱さる、上人此念光をむきひて山間に下り、かの〓杖を以て穿ち給ふに、忽, れと、いひ畢りて、靜かに念佛し給へは、領主大ひに信を發し、前非を悔み謝, 是諸國修行の聖なり、しはらく爰に山居せり、かならす怪しみ給ふ〓なか, 號とて、幡隨和尚大字の名號、並に書翰、血脉、今現に當山に有、慶長八年卯の, を見出して、異相に驚き、若る人里遠き山中に住るゝ〓、人類にてはよもあ, 箭も折て落〓り、領主も五躰すくみそはたらかす、其時上人告給はく、我は, して、山林を寄附し、恭敬尤をごそかなり、或時門人念光といふもの、重病に, 佛し給ふ、或時領主大久保氏、狩に出らまたるが、思はすも此所に至り、上人, 夏の事なりき、, 〔彈誓上人繪詞傳〕挿夫より、相州早川の庄塔乃峰に至り、巖窟に籠り、念, 塔ノ澤ノ, 藥湯, 慶長十八年五月二十五日, 二五二

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  • 塔ノ澤ノ
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  • 慶長十八年五月二十五日

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  • 二五二

注記 (19)

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