『大日本史料』 12編 11 慶長十八年三月~同年九月 p.532

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て、信實, 對して報酬を拂はんとせしが、諾せざりき、予は市街に面し、五尋の地點に, りて、船を曳き、潮流の爲め稍々危嶮なる角を廻りて、入港せしめたり、之に, 於て投錨せり、海岸を距ること遠からずして、家に在る者と談話を交へ得, 發の祝砲を放てり、彼等は儀式を重んじ、一人去りて、少時を經て他の一人, 去り、その子等并に主なる從者之に次で去れり、數多の男女絶えず船に來, べき程なりき、町に對し、九發の祝砲を放ちしが、彼等は答禮をなさゞりき、, 港に向ひて帆走せり、王は六十餘の大船に、多くの人を乘せたるものを送, ン、曩に彼等の名を告げしことあれば、之を厚遇し、その去るに臨んで、十六, この書を至急彼に送れり、その案文を保存せり、, なければなり、多くの貴族歡迎に來りしが、その中二人は、顯要なる人にし, 及びシメドノ, りしが故に、予等は甲板に出るを得ざる程なりき、船の周圍には多數の小, 蓋し一門の砲をも有せず、又小銃に用ふる胸壁の外は、砲臺もなく、城砦も, んことを命じたり、予は又江戸のアダムス君宛の書を認めしに、法印王は, と稱せり、バチヤンのマルスト, 十二日朝、多量の魚類を船中に持來りしが、その價甚だ廉なりき、碇を揚げ, ○道可第四子, 松浦豐後守、, ○佐川, 主馬頭, ○中, 略, 慶長十八年九月一日, 五三二

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  • ○道可第四子
  • 松浦豐後守、
  • ○佐川
  • 主馬頭
  • ○中

  • 慶長十八年九月一日

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  • 五三二

注記 (25)

  • 614,664,53,193て、信實
  • 1194,659,59,2211對して報酬を拂はんとせしが、諾せざりき、予は市街に面し、五尋の地點に
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