『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.20

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浦賀港を出帆して金銀島を探檢せし事, 司令官は、指定の航路を執り來りしに、少しも金銀島らしき島を發見せざ, 囘航を命じ、陛下の命を果さん爲めに努力し、島の有無を確むるまでは、ア, りしかば、航海士を會して、發見の爲め採るべき處置に付て議し、漸次三十, れ、晝夜多くの番兵を檣上に置きしも、島を發見する能はざりき、大なる浮, カプルコに歸航せざらんことを期せり、斯くして十月十二日に至るまで, 示せし位置に達し、〓に二百レグア以上を航海したることを發見せり、, 四度まで下ることに決し、之を實行したり、天候甚だ良好にして、空快く晴, り、天候囘復し、航海を繼續して、九月二十五日に至り、海圖に於て、金銀島を, 地の近かるべき徴多かりしも、遂に島に遭遇せざりき、是に於て、司令官は, 石相竝びて流れ、船舶通過の餘地なき程にして、又龜、水禽等多く群集し、陸, く、海荒れたれば、餘儀なく、甲板上にありし積荷の一部を放棄するに至れ, 非常なる努力をなし、又屡會議を開き、決議をなせり、この日に至り、水夫中, 第十一章, 慶長十八年九月十五日, ヲ出帆セシコトニ係ル、十七年七月一日ノ條二收メタリ, ○中略、千六百十二年九月十六日、火曜日、びすかいの浦費港, 翌水曜日、風強, (九月十七日), 探檢ノ失, の金銀島, びすかい, 敗, 慶長十八年九月十五日, 二〇

割注

  • ヲ出帆セシコトニ係ル、十七年七月一日ノ條二收メタリ
  • ○中略、千六百十二年九月十六日、火曜日、びすかいの浦費港
  • 翌水曜日、風強
  • (九月十七日)

頭注

  • 探檢ノ失
  • の金銀島
  • びすかい

  • 慶長十八年九月十五日

ノンブル

  • 二〇

注記 (25)

  • 1682,712,56,1211浦賀港を出帆して金銀島を探檢せし事
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  • 407,648,59,2205囘航を命じ、陛下の命を果さん爲めに努力し、島の有無を確むるまでは、ア
  • 986,646,60,2209りしかば、航海士を會して、發見の爲め採るべき處置に付て議し、漸次三十
  • 753,649,63,2210れ、晝夜多くの番兵を檣上に置きしも、島を發見する能はざりき、大なる浮
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