『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.277

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ロの廻廊に至れり、次で大なる家の處に到りしに、法王の侍衞兵そこにあ, 馬を供したり、予等別莊に入りしに、法王の甥、其他のローマの貴族、カルヂ, 飾りたる馬三頭、その他隨員一同の爲めにも、美麗なる裝飾を施したる良, 大使は、その夫人と共に、市外にありしに拘らず、その隨員は、此處に會せり、, りき、大使には、法王の馬を供し、他の主なる日本人三名の爲めには、美麗に, 戴けり、三人とも武器を携へず、又他の武士等の如く、後頭部に髪を貯ふる, ことなかりき、サン・ピエトロ寺の附近の家の階上の椽にては、太皷及び笛, したる後、大使以下一同馬に乘り、衞兵を前後に備へて出發せり、多數の群, に於てと同じき服裝をなせり、ドン・ペドロは、坊主の用ふる二角ある帽を, 一同到著して、日本の大使、并に常にその側にありし法王の甥に敬意を表, 衆も列に加はれり、大使の馬の前には、數名の日本人、并に紳士あり、大使は, 本人三名即ちドン・ペドロ。ドン・トマス、及びドン・フランシスコは、セビーヤ, ナルの家人、并にローマ駐在各國大使の隨員、同所に來れり、イスパニヤの, 日本の風に從ひ、武器を携へたる四人の日本人を前驅となせり、主なる日, は、他の二輛の馬車に乘り、アラチエリの僧院より、一レグワなるサン・ペド, 列ニ加ル, ろーまノ, 六右衞門, 貴族等行, ノ容儀, 及ビ隨員, 慶長十八年九月十五日, 二七七

頭注

  • 列ニ加ル
  • ろーまノ
  • 六右衞門
  • 貴族等行
  • ノ容儀
  • 及ビ隨員

  • 慶長十八年九月十五日

ノンブル

  • 二七七

注記 (23)

  • 1820,640,66,2192ロの廻廊に至れり、次で大なる家の處に到りしに、法王の侍衞兵そこにあ
  • 1473,621,64,2209馬を供したり、予等別莊に入りしに、法王の甥、其他のローマの貴族、カルヂ
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