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世の句有り、, なく一女子を生む、直千代と稱す、慶長五年、浮田家滅亡の後、攝州長柄の邊, 島の邊り龜島に移る、寛永八年七月廿一日、年三十一にして卒す、是より先, りに隱栖して世難をさく、元和二年三月五日終る、時に年五十八、今に長柄, を名とし、強て浮田宰相秀家の妻とせらる、元淀殿の嫉妬に起れりとそ、程, 一男を生む、小野眞之助秀照と名乘る、後大膳之助と改む、隱謀の聞へ有し, の町より西の方畑中に居跡存せり、一株の松有り、於通の松と稱す、正徳年, 六年、淀殿召て伏見の城の大奧に奉仕す、秀吉公幸せむの心有を忌み、良縁, 中、大風に倒る、又直千代は、秀頼公の簾中に仕て、大坂に在り、落城の後、簾中, 秀照、實は大樹の御落胤也、於通か自筆の淨瑠璃十二段の卷は、大坂内本町, 伊豆守信綱の諫に依て、俄に廢せられ、駒込の明屋敷に住居す、其後、奧州松, の御供して江戸に下る、後台徳院殿大樹の御妾と成て、吉野局と號す、松平, 島田某の家に有り、近頃火災に燒失す云云、或云、於通は尾州の産にして、三, か、寛永十九年十月九日、下總國古河に於て自殺せり、時に年二十八歳也、辭, 三十歳來一盃酒、一朝登樓夢中醉、, お通ノ子, 草子, 〓, お通の松, お通ノ自, 筆十二段, 慶長十九年九月二十一日, 八二四
頭注
- お通ノ子
- 草子
- 〓
- お通の松
- お通ノ自
- 筆十二段
柱
- 慶長十九年九月二十一日
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- 八二四
注記 (23)
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