『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.1086

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べく、何等不足を感ぜしむることなかるべしといひ、後耶蘇及びマリヤの, なし、基督の爲め、己に從ひて、國外に放逐せられたれば、基督これが父たる, りて、懺悔師に向ひ、死に臨んで恐るヽことなく、妻子の爲めにも憂ふる所, ドン・ジユストは病漸く重くなりて、聖餐と聖油とを授けられ、彌臨終に至, の委員と之を運び、大祭壇の側に、この地方の長老等の遺骸の間に葬れり, 教者の足に接吻せり、葬式の時に及び、諸人競ひて棺を運ばんと欲せしが、, ヂヤ組合員と交〻之を運び、寺院の門前よりは、諸派の長老と宗教裁判所, 大司教、高等法院判官、官吏、武人、市民、僧侶等皆列せり、遺骸は最も美麗なる, 翌日以降九日の祭を行ひ、最後の日には、數國語を以て死者唱徳の詩を認, めて、日本風に裝飾したる一室に祭れり、市民及び僧侶は爭ひて來り、聖殉, 長官及び高等法院判官之を門まで運び、街路は市の鎭衞兵と、ミゼリコル, 歎は市民之を分ち、長官及び大司教は特にその死を惜しみ、葬儀には長官, 衣服を纏ひ、顏を現はし、頭には世を捨てたる人の用ふる帽を著け、棺に納, 名を稱へて死せり、時に齡六十三歳にして、受洗後五十年なりき、家族の悲, めたる黒絹の旗を寺に掲げたり、中には日本語のものも尠からざりき、耶, 慶長十九年九月二十四日, 南坊死ス, 慶長十九年九月二十四日, 一〇八六

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  • 南坊死ス

  • 慶長十九年九月二十四日

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  • 一〇八六

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