『大日本史料』 12編 15 慶長十九年十月~同年十一月 p.78

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は、御兄にて候に、色品替り候御旗を被下、御弟常陸介樣へ者、江戸將軍樣御, 領は常陸介之筈也、右兵衞き常陸とは兄弟なれとも、格は同事にて勝劣な, なれ共、秀吉養子と一旦成しる上同腹なし、秀忠き三男なれとも同腹、下野, 候得者、東照宮御面色違被仰候者、武家には惣領の庶子、庶子の惣領と言事, 守忠吉有故、秀忠を嫡子に立たり、常陸介は一腹の弟阿鶴あれは、天下の惣, 有、吾嫡子岡崎三郎信康生害之後次男なれは、越前黄門秀康嫡子に可立事, 御兄に而候得者、右兵衞佐殿へも可被下事ニ而候と、泣々くとき御恨申上, 同意、七本の白旗を被進候事、去迚は無曲奉存候、常陸樣へ被進候程ならば、, 卿の御母堂お龜方、御前へ御出、御所樣には、無御情事を被遊候、右兵衞佐殿, 也迚、金御幣を被進候、七本の御白旗者、將軍家と御同樣との御事なり、尾張, 宣君には黒御紋付たる白旗七本、中黒の御幕御馬印は柴田勝家か印見事, 御陣觸有之、尾張卿へは頭黒, 御馬幟二つ曳の御幕を被遣、爲御用意駿府御立、尾張迄先達て御越なり、頼, に白葵丸の付たる御旗五本、御纏白き御紋付たる朱の大四半也、金の笠の, し、此故ニ慶長十一年八月十一日、義直は右兵衞佐從四位下、頼宣は常陸介, 紀君言行録〕ト, ○上略、板倉勝重ノ注進二, 係ル、十月一日ニ收メタリ, 惣領, 子庶子ノ, 惣領ノ庶, 義利ト頼, 宣ノ格式, 慶長十九年十月四日, 七八

割注

  • ○上略、板倉勝重ノ注進二
  • 係ル、十月一日ニ收メタリ

頭注

  • 惣領
  • 子庶子ノ
  • 惣領ノ庶
  • 義利ト頼
  • 宣ノ格式

  • 慶長十九年十月四日

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  • 七八

注記 (25)

  • 1079,668,59,2214は、御兄にて候に、色品替り候御旗を被下、御弟常陸介樣へ者、江戸將軍樣御
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