『大日本史料』 12編 15 慶長十九年十月~同年十一月 p.151

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る、其中に壹人、扨も今夜の製〓應は不審也といひけれは、連の男、醉狂の餘り, に思知るへしと云て別れける、何を目利けん、後にそ思合せける、遊夢は兼, て用意や有けん、其夜の丑の刻計に宿所を忍ひ出、高瀬舟に取乘、伏見の京, に、何事を云ふそ、但酒か足らぬにこそと笑けれは、いやとよ、我見所あり、今, れは、先祝申さんとて、種々の善美を盡し、一日一夜酒宴に皆醉てそ歸りけ, 橋に至り玉へは、何所ともなく、士壹人中間貳人馬を引て、御迎に參りたり, 來て、大坂の城へ入玉ふ時は、上下百人にそ及ける、盛親城中へ入られしか, ヘキト有テ、京都へ討手上ルトイヱ〓、大坂へ早下リタルニ依テ、討モラサ, ル、此儀ヲ長曾我部不知ト云支ナシ、家康公ヱハ恨深シ、大閤之恩ハ深シ、是, 也、是モ家康公ニ國ヲ被取上、久敷牢人シテ憂目ヲ見ル、是モ大坂ニ志アル, とて出來る、淀牧方のほとりよりして、あそここゝより二騎三騎打連〳〵, 呼集メ、伊賀守如此宣ふ也、盛親か大慶不過之、日來旁の芳志詞に盡し難け, は、秀頼公大に御感有て、宮内少輔と改メ、一方の大將にて補せられける、, 又長曾我部吏、是モ西國方ニテハ、和漢之弓箭ヲ見タル者, 翁物語〕, 慶長十九年十月六日, 記同ジ, 略、土佐軍, ○, 下, 前集, 慶長十九年十月六日, 一五一

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  • 記同ジ
  • 略、土佐軍
  • 前集

  • 慶長十九年十月六日

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  • 一五一

注記 (23)

  • 1706,663,65,2215る、其中に壹人、扨も今夜の製〓應は不審也といひけれは、連の男、醉狂の餘り
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