『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.127

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せありしかは、すみやかに下りてこはれを忠隣にあた〓、其身は股に創を, 次敵乃馬を取て乘來るを御覽して、その馬借しく忠隣を助けよとおほ, 死す、年七十九、法名淨品、四谷乃西迎寺に葬る、, かひれてまつるもの、わつかに十人、時に大久保新十郎忠隣の馬斃る、久, 元龜三年十二月二十二日、三方原乃役に御味方利を失ひ、濱松城に還り, 女、幼なうして孤となり、外祖父平右衞門某に養育をられ、三河國青野に, 住す、某年東照宮彼地に放鷹したまふ乃とき、召出さるへきの仰を蒙り、, 入らをたまふのとき、近侍の士、あるひき馬に乘、或は徒歩たちにてした, 國大住、下總國葛飾二郡乃うちにをいて、七百石を加へらる、四年, 被なといへとも、徒歩たちにて御馬にだひ、濱松にい〓りしかは、やかて, 百七十石餘を知行し、寛永二年十二月十一日、御朱印をたまふ、乃ち相模, 黄金十兩をとたふ、後長久手の合戰に供奉し、關原陣には御使番をつと, 永祿九年よりつかへたくま〓り、御鷹匠同心を預り、鳥見の輩を支配す、, む、是よりさき、下總國葛飾千葉、近江國伊香三郡乃うちにをいて、釆地千, 久次, 貞享呈譜及び、今の呈譜正忠につくる、母き堀平右衞門某か, 慶長十九年十二月二十四日, 六日, 二月, 今の呈, 譜五年, 忠藏、忠, 左衞門, 小栗久次, 一二七

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  • 六日
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  • 忠藏、忠
  • 左衞門

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  • 一二七

注記 (25)

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