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をと申て、打寄悔み候由、其節迄は毛利眞田か兩手も、城よりは遙此方ニ, し事調ひ不申、兩人は不興の体ニて立歸り候とて、上總殿小姓共の聞前ニ, 被申たる如くの手首尾にも有之候はゝ、ケ樣の上意は御座有間敷もの, と有之、花井主水を始め、家老共玉虫對馬、林平之丞なとを召出し相談之處, 御座候を、本多上野介義、上總介殿參上と有儀を二三度被申上候以後、御, 總介殿參上あられ候處へ、大御所樣には、御覽被遊さる御ふりニて被遊, 卿にも、一段尤の義也、其段玉虫對馬守其外家老共へも、早々被申談候樣ニ, 右之趣、舊記等には相見へ不申候得共、翌七日大坂落城の刻、茶臼山へ上, 付敵を喰留可申間、早々御旗本の人數をも被押寄、御一戰可然候と也、忠輝, 見向キ被遊、其方は親の死目に逢すべをも不存候なと、にか〳〵敷上意, 被遊候と也、此段を家中の面々承り傳へ、何れも氣の毒に存、昨日伯耆守, て、伯耆守被申候は、自余の大名共は、其通り堀丹後めか思ふ所、近頃無念ニ, ニ、玉虫更ニ合點不仕、林義も、なま合點に相聞へ候ニ付、家老共も其儀に同, 出張て罷在、就中長曾我部父子は、其日城中へ歸らすして合戰塲ゟ直に, 候と被申候由、, 家康思輝, 悦バズ, ノ行動ヲ, 元和元年五月六日, 七五四
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- 家康思輝
- 悦バズ
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- 元和元年五月六日
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- 七五四
注記 (20)
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