『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.573

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二と被仰付候と也, ニと被申上候へは、重ふ被仰候は、其方ともゝ聖賢ニ〓もなけれは、言ほ, と事か尤成計ニ〓も可有樣もなし、たとへはいか樣成事を言聞かせた, 其方義何事ニよらべ、思ひ寄たる事共をは、隔意なく言聞せよと仰有々, 可申上智惠才覺と申ては無御坐、其上御意に障候樣戌義を申上候はゝ、, れは、佐渡守被承、御意ニては御座候得共、畏り候とは御請をは得申上間, りとも、腹を立叱事をはすましき間、其段の義ニ於ては、心やにく存候樣, 御機嫌惡敷可被爲成は必定ニあ御座候間、私義をは御免被遊被下候樣, るの能筈の事也、乍去我等は他言雜談、家老共に言はせて聞には不及間、, 鋪候、第一愚昧の私義ニ候へは、御前樣の御心得ニも、罷成候樣なる義を, 一或翁云、主君に仕て、表向の讒言は申啓き、自然首尾する品もあれと、只内, 證女中の口舌は、申分も成かたく、恐るも餘有、東照君平生仰らるゝは、唐, 我と吾身の惡敷事ハ知りかたき物なれは、人に言せて聞て、心得とした, の玄宗楊貴妃に迷し事を、常々思召出さるゝと也、御寵愛の女中にお六, 〔故老諸談〕上, 元和二年四月十七日, テ直言ヲ, 正信ヲシ, 上ラシム, 家康本多, 元和二年四月十七日, 五七三

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  • 家康本多

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