『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.1100

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今六日、井伊掃部頭内脇五右衞門各へ申たるき、今日の合戰は跡に段〳〵, 先キヲ爭ヒバラバラニ掛リ候故、敵ニ〓立ラレ討死セシ者モ多ク候、井伊, 半助申ケルハ、一番鎗ハ藤堂ニ相違無ク候、サレド藤堂勢ハ備ヘモ固メズ、, に向て、各を人々敬ひ、自身に功をおこり給ひ候へとも、夏冬兩御陣に替た, 御備有之厚けれは、若殿はら人形の働してき不可叶間、隨分情を出されよ, 家ニテハ備へ固メ軍法正シクシテ掛リ候間、藤堂家ノ次ニ成リ候ヘ共、敵, といさむ、直孝の近習に三彌といふ者首二つ取、五右衞門に見せけれは、五, も度々仕たる迄の事よと申たれは、三彌か曰、扨き安き事也と答へたる、, 若輩の勇士をはけますへき爲に手を卸したると也、彼三彌後に老後の族, 右衞門も又首二つ出しける、匹夫のかせきを可致身分にきあらされとも、, 鎗ノ由同家ノ士言上ス、諸士ハ井伊家一番鎗也ト云、此時井伊家ノ士岡本, る事もなしいかゝといふ、五右衞門。かいりく、今度其方の働乃〓く成事、何, ヲ討破リ申候ト云, 〔續武家閑談〕〓大坂夏御陣, 大坂夏御陣, 〔續武家閑談〕, 彌、其身無祿にてありしか、今, 此, 度の功を以て三百石を與ふ、, 二, 十, 門ノ働, 脇五右衞, ノ戰評, 岡本半助, 元和元年五月六日, 一一〇〇

割注

  • 彌、其身無祿にてありしか、今
  • 度の功を以て三百石を與ふ、

頭注

  • 門ノ働
  • 脇五右衞
  • ノ戰評
  • 岡本半助

  • 元和元年五月六日

ノンブル

  • 一一〇〇

注記 (27)

  • 1124,658,62,2209今六日、井伊掃部頭内脇五右衞門各へ申たるき、今日の合戰は跡に段〳〵
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