『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.1132

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州大坂の冬陣七八年まへに、掃地坊主に剛ざれを仕懸けれは、坊主大きに, ○以下木村重成ノ事ニ係ル, 々におごり出ると也、然るに大坂冬乃陣に、鴫野の邊蒲生堤において、佐竹, たるといふ人も有、かやうなるに付て、長門守は日々に肩をすべ、坊主は日, 衆の備へかゝり、大剛乃はたらきを仕る、佐竹衆鹽井内膳うち死す、後藤又, 由來書ニ云、大坂陣時、土佐ニ有、大坂へ籠ヿモアラントテ、目附〓有ケリ、, サレ〓嫡男吉田三郎右衞門土佐ヲ出奔〓、大坂長宗我部手へ籠、五月五, 立腹し、すは共いはヾもつて參らんとおもふ巻しき見ゆる、有合人〳〵是, は、我思ふ子細なくは、汝をば遁すましき物をといひすてゝ奧に入、みな人, 是を聞て、案に相違したる事かなとつぶやく人も有、又坊主手柄をいたし, 兵衞は木村がぬるまひを見て、舌をまく、其時人々申けるは、先年我おもふ, を見て、事出來らんと興をさます、長門守是をみて、すこしも騷ぬ躰にて申, 日、八尾ニ〓藤堂和泉ト合戰ノ〓、アカ子ノ母衣ニカリカ子ノ紋ノ敵ヲ, 討捕〔茜母衣ノ敵ハ吉田内藏助也〕トアルニヨル、, 〔武者物かたり〕中古き侍乃物語に曰、秀頼公乃乳母子木村長門守は、攝, 元和元年五月六日, 重成ノ深, 慮, 元和元年五月六日, 一一三二

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  • 重成ノ深

  • 元和元年五月六日

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  • 一一三二

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