『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.76

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家來馬上に具して、久寶寺, とて急に〓、敵勢追々をり重り、大學も鑓打折、又太刀を抜て是をよくる、敵, 敵は究竟乃大將也、討洩すへからほと云て、信濃守を取まはし、鑓玉に取て、, を以て、或は打或は〓、大學太刀を振て是を拂ぬ、敵大學か深手を負たるを, 見て、堀へ飛て下り、大學へ〓て懸る、大學か家來澁田見縫殿助、横川佐野右, 濃守自身手を碎き働間、疵を被る事其數を不知、豐前守兵共互に聲を立て、, 前後よりきほひ掛りて、鑓を以て大學を堀の中へ〓倒す、敵高き所より鑓, 串をさす如く、馬上に指上、首を取る、大學頭同所においてかせき戰ふ、信濃, 守か鑓にあたり、馬より落るを見て馬より飛下り、猛勢の中に入て鑓を合, 寺へ被遣、其疵を被爲問、信濃守を不便被思召之旨御恩言を蒙る、兵部大輔, へ引退、大樹御馬上に御覽被成、兵, 衞門、牧野彌次左衞門、原治兵衞等、其敵を切拂ひ討ふせきて、大學を引て乃, 部、大學か深手、信濃守か勇死を御哀惜被遊、施藥院宗伯、山岡五郎作を久寶, 侍大將二木勘右衞門、小笠原主水、嶋立内膳をはしめ討死し、生て歸る者す, く、此時大樹之御旗之御勇發によりて、敵悉敗北す、兵部六ケ所之深手を負、, くなし、, ○河内中河内, 郡久寶寺村, 秀忠秀政, 及忠政ノ, 疵ヲ問ハ, 忠政ノ奮, 戰, シ, 元和元年五月七日, 七六

割注

  • ○河内中河内
  • 郡久寶寺村

頭注

  • 秀忠秀政
  • 及忠政ノ
  • 疵ヲ問ハ
  • 忠政ノ奮

  • 元和元年五月七日

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  • 七六

注記 (26)

  • 613,641,61,775家來馬上に具して、久寶寺
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