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引取なり、去程に御死かい計をうばい取なり, 信濃守樣御歳二十二、御名乘忠脩公、, 七日の合戰に、御兩所の御家中へ敵首四十七取なり、兩殿樣御討死被成た, 兵部樣、信濃守樣の近習臼の侍共も、御軍法もなく、さあ掛れと計の御下知有, て、御兩人樣一文字ニ御乘込被成に付て、莞角先陣をと心掛、前後不搆敵前, へ乘込たる故に、近習の武者共、御兩殿樣御馬近くもあらす、我まけじと敵, 兵部樣の御討死被成候時、御年四十七、御名乘秀政公、, 共有、高名仕たる侍とも多し、討死き三拾六人程あり、, 前へ乘込かせきたる故ならんや、案の如く、兵部樣御先ニて討死仕たる者, 被成處に、敵は信濃守樣を大將と見付、多勢立向ひ、馬上ニくましますを眞, 中ニ取籠、八方より鑓にて〓あけ、鑓たまを取く地に落し、御首を取て敵き, 御立被成、御馬に召、合戰場へ一文字に御乘込有て、多勢の敵に御向ひ勝負, ると先々に〓聞、面々に早々乘歸り申たる故に首多くなし、御兩殿樣御討, 死不被成は、敵の首限りは有間敷の批判なり、, 小笠原貞慶, 寛政重修諸家譜, 小笠原貞慶〓〓、七夫し, 百八, 郎、右近大夫、, 小僧丸、喜三, 十八, 從士ノ奮, 戰, 元和元年五月七日, 八六
割注
- 百八
- 郎、右近大夫、
- 小僧丸、喜三
- 十八
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- 從士ノ奮
- 戰
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- 元和元年五月七日
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- 八六
注記 (25)
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