『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.543

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〓程なく向ひ乃岸につく、秀元まつさきに馬をすゝめ、高麗橋にをしつむ, をうちとり、御本, る、其左右の陣を〳〵くみたるゝといへとも、ひとり陣をかため、極樂寺橋, 迄不致存知候、先以未明ニ遂注進候、今日中ニ承合、追々可申上候、此由可預, 取申候、七日八つ時分ゟ及薄暮候迄ニ事澄申候、兩御所樣御前之樣子今朝, 足たゝさるところ纔に二三歩許、其餘はみな深からさりしかは、手勢を引, に押寄戰を勵し〓首百五級, もへらく、海河〓境なれは必定淺かる〓しと思ひ、馬を打入て渡るに、馬の, 五月八日, 仕候、秀頼樣爲被成御腹由申候、私事能折節參相候て、家中へ頸百四五十討, 考證〕中澤九郎左衞門所持, 急度申上候、大坂御城之儀、昨日七日落去仕候、天守其外一二ノ丸不殘放火, 忠勝にをくる, 陣にたてまつる、すてにしてまた大坂方〓番船十餘艘をとりて、向井將監, 秀元, 御披露候、恐惶謹言、, ), 甲州, 五月八日秀〓, 寛永系圖及ひ今の呈譜三百, 餘級とす、今首帳そしたかふ, ○秀元兵庫二到リシコ, ト、本月五日二其條アリ、, 毛利氏四, 代實録, 番船ヲ捕, ニ進ム, 獲ス, 大坂方ノ, ヲ報ズ, 極樂寺橋, 秀元戰況, 元和元年五月七日, 五四三

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  • 寛永系圖及ひ今の呈譜三百
  • 餘級とす、今首帳そしたかふ
  • ○秀元兵庫二到リシコ
  • ト、本月五日二其條アリ、
  • 毛利氏四
  • 代實録

頭注

  • 番船ヲ捕
  • ニ進ム
  • 獲ス
  • 大坂方ノ
  • ヲ報ズ
  • 極樂寺橋
  • 秀元戰況

  • 元和元年五月七日

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  • 五四三

注記 (34)

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