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得、周章不斜、此内御出馬遲々す、眞田は明石を待けれ共、いまた不來、秀頼公, 懸に可懸、先茶磨山を取て神君之本陣とし、岡山を取て將軍樣之御旗を可, 之出馬はなく、後詰之勢も見へす、其内に東兵充滿しけれは、眞田も合戰始, 十き八たるへきと云、修理亮尤と同し、十騎計にて大坂之城へ行、如何仕た, 此時眞田左衞門、大野修理と内談に、敵合六七町也、城を破るにも合戰負に, りたん天運にて、去ル四月之古ルより血はしり心氣を失ふ、軍兵敗軍と心, むると也、眞田先陣越前衆にそひ連當りたり、其後明石も横合に可懸と心, も不搆、秀頼公出馬次第、無二無三に〓懸り、大御所樣を討取らん、不叶は討, 死、大坂之勝は是なり、又船場に備たる明石掃部介西の岸陰より旗を卷、茶, 前守、七組、福島伊豫守、同兵部、竹田永翁、大野修理人數、小性組は後陣ニ備、, 出、西は茶磨山東は岡山之はつれまて、廿餘町之間一面に人數を立双ふ、茶, 磨山ゟ一町も先へ張出し、相圖を定合戰を始、横合に懸らは勝利を得る事, 立と、越前加賀へ被仰渡、大坂勢昨日之合戰に打負たれ共、思之外南表へ張, 磨山之南に眞田左衞門、伊木七郎右衞門、岡山には大野主馬首、此間に森轉, 得にて人數を出しけれ共、早大坂方敗軍故、水野日向守と戰て引退く、此日, 失神ス, 期ス, 舊痍ヨリ, 出血シテ, 大坂方機, 大野治長, 取ラント, 家康ヲ討, 眞田幸村, ヲ失ス, 大坂方ノ, 進出, 元和元年五月七日, 六〇二
頭注
- 失神ス
- 期ス
- 舊痍ヨリ
- 出血シテ
- 大坂方機
- 大野治長
- 取ラント
- 家康ヲ討
- 眞田幸村
- ヲ失ス
- 大坂方ノ
- 進出
柱
- 元和元年五月七日
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- 六〇二
注記 (29)
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