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備は淺井周防、竹田永翁なり、大野修理は毘沙門か池の南に立、修理組二隊, 王寺前へ引付るやうに可仕との儀なるに、寄手の諸軍を引付るに不及、平, 備をよく立て鎭候へと下知する、暫有て主馬は、大旗九本押立、大坂より押, 主馬、野々村伊与守七組、其外寄合勢備を立る、天王寺南門筋毛利豐前守、左, 并後藤又兵衞、薄田隼人、角野勘解由、井上小左衞門、木村長門、山本左兵衞か, ぬる、然所に、茶臼山より御宿越前乘來り、何とて騷候哉、主馬も頓な可參候, 殘黨一所ニ立申候、修理うし海へは、堀田圖書、伊藤丹後、眞野豐後、其外寄合, 押に押來る、大坂方案に相違して、大野主馬組布施傳右衞門なと備を立か, 軍數十隊段々に押來る、宵に秀頼公の御下知には、成程寄手を誘引して、天, 早川主馬、福島平三郎、細川樌岐守、長岡與五郎等備を立、勝曼院の前には郡, 組是を備申候、秀頼公金の瓢〓の御馬驗津川左近承りて岡山へ押出す、, 山ニ立、天王寺の石の鳥居の南には江原石見、槇島玄蕃、藤堂土佐、本郷左近、, 岡山筋の城方は、夜中に岡山へ押出し、夜明て見れは、平野口より寄手の大, 同伊与守、吉田玄蕃、石川肥後、津田左京、結城權之助、二ノ手は眞田旗本茶臼, 出し、先手之場へは不來、西の方の岸の上に立備、使番を差越、東の方の先手, 同岡山方, 面ノ陣備, 元和元年五月七日, 六一二
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- 同岡山方
- 面ノ陣備
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- 元和元年五月七日
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- 六一二
注記 (19)
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