『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.513

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田勢思ひ〳〵の働有、中にも池田出羽は、紀州のかたに向ひたる、是一揆起, 銃手引具し川打越し、舟手の方より城際に押詰、首十餘級を得たり、越中嫡, 子織部十四歳、初陣歩行武者の首壹つとる、興國公、越中父子并梶原安田戸, 仰有て、其子助之進父か預の銃卒廿人召具し、先手にて軍す、船手も昨日六, と覺え候、急き御人數川御渡し然るべしとそ申ける、越中は、直に組の士并, 駈付、船場へも敵張出し、天王寺の方に武者烟夥敷上り候、是御合戰始り候, へて備を立直し、長門と並て城際に押詰る、水野數馬は旗本に在へきよし, に火乃手あかり、將軍家の御陣競進むと見えける故、岸越中に、急キ詰寄ら, 山三人乃働を感し給ふ、今は城中防禦乃術盡、關東勢攻口〳〵に押詰る、池, 々討取て、其首を興國公の本陣に遣す、戸山は越中か乘替馬に打乘本陣に, 日夜、中嶋に舟備して居けるか、新地村を燒立ル、岸越中ゟ注進せしかとも、, 興國公持楯を賜り怺居たるか、次第に銃子も間斷ありて、はや落城よと覺, れよと云遣し、梶原安田は福島の民家を燒拂ふ、越中も此場に來り、雜兵少, 五郎左衞門三人船よりのほり、大阪の躰見んため、福島近く出けれは、大坂, 中島持固めよとはかり下知あり、今日は梶原五郎右衞門安田茂兵衞、戸山, 紀州ニ向, 池田出羽, 岸越中, ヒ中途ヨ, 船手, 元和元年五月七日, 五一三

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  • 紀州ニ向
  • 池田出羽
  • 岸越中
  • ヒ中途ヨ
  • 船手

  • 元和元年五月七日

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  • 五一三

注記 (22)

  • 286,641,63,2208田勢思ひ〳〵の働有、中にも池田出羽は、紀州のかたに向ひたる、是一揆起
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  • 1683,646,66,2219仰有て、其子助之進父か預の銃卒廿人召具し、先手にて軍す、船手も昨日六
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  • 1802,659,63,2201へて備を立直し、長門と並て城際に押詰る、水野數馬は旗本に在へきよし
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