『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.859

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し合防のきにす、大須賀五郎左衞門大力故、馬上に〓長柄の鑓を以はらひ, る、堀勢は勝関を作りかけ追打にす、榊原式部は馬上に長刀を持、返し合返, たらは、爲加増百石つゝ可出との申渡したる故、足輕共押しつめ待かけた, の間一里計隔りぬれは、人數不揃、勝入よりまた軍使を馳て、此節油斷心得, る所に、家康衆は則軍の勢を追立〳〵來りしか、堀久太郎二段備、その跡池, 方を追て來るへし、十間より内に引受能ためと打す〓し、馬乘壹人打落し, 田、森段々に打續を見て、追留りて扣たり、此場所は長久手の内烏かはさな, と言所なり、堀久太郎さいを取て、五千餘山の上より、一度に瞳と〓て懸る、, 家康卿の御先手は、長追して草臥たる所に、荒手に一たまりもなく追返さ, かたし、早速備を寄候へし、一手に成て敵を追崩すへしと也、長可是に同し, へし、人數を返され候へ、一手に成を戰ふへしとなり、森長可は尤とて、武者, 郎は山の尾崎をかたとり立かためと、足輕大將共呼集と、敵唯今則軍の味, 内藏助黒母衣のくり半月の出しにて、森の先陣を呼返すといへ共、先立勢, けれ共、人數集らすして、やう〳〵十七八騎にと、勝入備へ馳加りぬ、堀久太, 脇修理白母衣銀の短册の壹しにて、森の備へ使して、追付於爰元合戰始る, ト集結セ, 康高等ヲ, 秀政烏狹, 間ニ備フ, 逆撃ス, 長可ニ報, 長可ノ部, 勝入ヨリ, 天正十二年四月九日, 八五九

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  • ト集結セ
  • 康高等ヲ
  • 秀政烏狹
  • 間ニ備フ
  • 逆撃ス
  • 長可ニ報
  • 長可ノ部
  • 勝入ヨリ

  • 天正十二年四月九日

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  • 八五九

注記 (25)

  • 312,626,61,2191し合防のきにす、大須賀五郎左衞門大力故、馬上に〓長柄の鑓を以はらひ
  • 430,630,62,2191る、堀勢は勝関を作りかけ追打にす、榊原式部は馬上に長刀を持、返し合返
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