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にて己か備を出乘行、歩行の者廿人計、士には大屋作左衞門一騎付也、勘, 雲守持鑓を呼ひ候へとも無之ニ付、數〓持て有しをおつとり、馬上より, 上をうし海へ打抜候、出雲守少も不瘻、刀を抜き馬より飛ひおり、彼足輕, 二人〓伏候處を、紺の羽織着たる足輕二一間程詰、二ツ玉にて出雲守臍之, 解由貳拾間計先にて、大勢と戰ひ討死すなを見て、勘解由討なゝは、あれ, 坂方返して、出雲か首をとらんとすなを、大屋作左衞門取せしと出雲か, 上にもたれ懸り、万を抜切拂候へとも、多勢立懸り、遂に作左衞門もうた, 上鑓疵廿餘ケ所ニおよひ候ゆへ、敵の逃を追、小溝を飛越候とて倒ル、大, たすけよと下知するゆへ、歩行者六七人も別れて助行内に、勘解由はや, の手に刀をもち、七八人を相手にして切廻り候へとも、大事の手を負、其, 鑓玉にあけられ討死す、歩行の者も五人討れ、二人手負、出雲守是に有、返, を切ふせ候、馬取一人、日來持せ候金の鼻〓持來候を、出雲左の手に提、右, し候へと呼候を見て、毛利豐前組中川彌次右衞門、雨森傳右衞門、徳永甚, 左衞門以下七八人懸り、只今名乘は本多出雲そ、あますなとて懸り候、出, れ、出雲首は取れ申候、後死骸を見るに、作左衞門か左の手、出雲か死骸ニ, 元和元年五月七日, 忠朝戰死, ノ状況, 六二八
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- 忠朝戰死
- ノ状況
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- 六二八
注記 (19)
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