『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.717

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せ繪にて、いとも〳〵かたはらいたくきたなくて笑〓にたえしる物也, せしから國人と牛頭馬頭の惡鬼ともとたゝかひをる形をかきた多ゑ, 江肥前守、同十兵衞なと碑面に彫たり、, 後、六日町の行禪寺と云淨刹の什寶と成り今に傳ふ、寛政の末秋元侯, 光禪寺は〓上家の開基にて禪宗也、今も御朱印貳百五拾石附たり、かし, 〓、是をしもののかたしだなんどいひ傳へて、其國人のうちにさへ鼻を, ごめかすものゝおり〳〵あなるは、いかにうたてしや、, こに最上義光の石碑あり、玉山白公大居士としるせり、その碑を中にお, きて兩傍に、其家臣等の殉死をし墳墓あり、長岡但馬守、山家河内守、寒河, しに、かの光禪寺乃とき似るへくもあらぬ古屏風乃、繪は異やうなる姿, の城主最上義光へ、御凱陣の御土産として下し賜はりしが、最上家沒落の, 主の臣小俣七郎彼地に抵りし時、一本を摸寫して桂川中良に贈りてより、, を先にたてゝ、かの家のりゆきて、これなんそれそといふ屏風を見侍り, 文政五王午年九月國友恆足, 〔甲子夜話續編〕〓元和夏御陣の血戰の形勢を屏風に畫かせ、羽州山形, 文政五王午年九月, 〔甲子夜話續編〕, 元和元年五月七日, 山形, の城, 最上屏風, 流布, 繪摸本ノ, 元和元年五月七日, 七一七

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  • 山形
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  • 七一七

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