『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.740

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樣今程御年若ニも御坐被成候へは、尾張一家中ニては、私義を鑓柱の〓う, 候計の事故、早速出來候へき、其内へ被爲入、諸大名衆御目見へに罷出候て, も、表の三豐敷の所へ御出御逢被遊候と也、, ニ何れも存入罷在候處、隼人の腰ぬけめなどゝ御意を蒙り候ては、私義重, 權現樣御坐被遊、にれは其方か申處尤至極也との上意ニ御坐候と也、, 諸人の承り候とある考もなく、私へ申聞候〓くなる勘辨も無之もの共ニ、, りに押立、上三疊下三疊の間をは布交せの内幕にて張切、御外幕を引廻し, ニ、本多上野介大和を被呼、左樣ニ手廣き儀は思召ニ相叶ふましきと有て, 被相伺候處ニ、九尺梁に貳間六疊敷ゟも廣くは御用に無之旨被仰付、其通, 御使番など申大切なな御役義を被仰付被差置とあるは不可然候、右兵衞, 〓口もきかれ不申、諸人の存入も違ひ申ニ付、其節恐れかましき御返答も, 和兼て支度致し置たる切組小屋を人夫に持せ罷越、取立可申と仕り候處, 甲上し候間、定〓御聽ニも相達し可申と其段恐入奉存候と被申上候へは, 今時世上流布の記録の中ニは、夏御陣の節、黒本尊の阿彌陀を御守り被, 其日大御所樣には茶臼山へ御陣を御移被遊候處ニ、中井大, 〔落穗集〕, 十, 五, 家康ノ陣, 小屋, 元和元年五月七日, 七四〇

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  • 家康ノ陣
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  • 元和元年五月七日

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  • 七四〇

注記 (22)

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