『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.771

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飛鳥の〓くに走て、信州上田に下着しける、折ふし伊豆守は内室, 原伊右衞門無比類働、其身も深手負、半死半生の躰陪臣も三人戰死仕るあ, 刻タル由、兼テ證據ヲ立シニ依テ、其難ヲ遁ル、代々甲州ノ家風ヲ傳來ル, ル〓モ、加樣之儀ヲヤ可申、侍ノ道ヲ勤メント思フ人々ハ、加樣ノ〓ヲ能, 左樣そ、乍然父中書の流を出しめのると被申候、扨河内守歸陣して、今度鎌, 侍ニ付テ、若年ノ人迄モ工夫ノ深キ支、栴檀ハ二葉ヨリ香シトヤライヘ, 聞置テ、工夫有度モノ也, 其通りと申、蟻川左内はいかゝ、是も打死と申にれは、重て尋る間もなく、六, 太夫申けるは、河内守樣、内記樣御兄弟なから、御手も負玉はす御仕合と云, ひときり手柄の働之よし申、豆〓其状は見すして、根津主水は討死かと問、, 弟の内壹人打死いたしたらは、猶以て滿足なるべしと被申、豆〓笑て、夫は, とともにありける所に、六太夫參り候とて書状一封を出し、今度は當家も, 當座の者一同に万歳を呼、時に豆〓の内室、伊豆守殿何と思し召れ候や、兄, ノ儘ニ申タルニ付テ、目安ニ訴人載タリトイヘ〓、天下一同之御和平ノ, 〔續武家閑談〕八大坂落城せしかは、眞田河内守信吉の歩侍松原六太夫、, 勝ノ女, ○本多忠, 信之ト其, 室本多氏, 元和元年五月七日, 七七一

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  • 勝ノ女
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  • 室本多氏

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  • 七七一

注記 (21)

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