『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.839

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土産にせよと也、不辭して持歸ル、泉〓か言、前備討取たるとて捨置歸候は, ゝ、跡ゟ利常方え使者を遣し、褒美すへし、然ら者一廉御譽成へし、惜哉心た, る事にくなし、手前にても高名して、夫計にてもなし、奧へ攻入、又高名した, 夜に野村左馬を呼、百五十石の上へ七十石の加増くれ被申候、篠原織部も, 使として來、折ふし和泉守手に鑓初し故、久兵衞鑓を合せ高名、其敵の首を, ゟ善惡不申來とて、さのみ褒美なかりしとなり、可心得事なり、, 加増同前也、翌朝利常發足の跡にて、左馬允は、篠原も七十石になりたりと, り、其方抔か知所ニ非にと云ニ付、中惡敷なり、其年か利常江戸へ下られ、前, 得く、戰終る後、其備前ニて討取候とて献上之、泉州云、其首持參して利常え, らす、武勇弱しと云、如案利常言、久兵衞き爲差義に非らすと見へて、泉州方, 野村言、中々見申候と、織部言、其方手前はと問、左馬云、手前高名は其方の知, 聞、夫にては面白くなし、織部と我等とを同働とおほし召は無曲、則早馬に, 着たる敵二人出しを、一人鑓付高名仕候、私手前は野村左馬允見可申と有、, 〔武邊雜談〕乾大坂七日合戰、加賀衆吟味之時、篠原織部云、猩々皮之羽織, 〔諸將物語〕大坂陣に、加賀利常より藤堂和泉守備へ、小川久兵衞と云者、軍, 賞セラレ, 衞戰功ヲ, 篠原織部, 馬允ノ爭, ト野村左, 小川久兵, ズ, 元和元年五月七日, 八三九

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  • 賞セラレ
  • 衞戰功ヲ
  • 篠原織部
  • 馬允ノ爭
  • ト野村左
  • 小川久兵

  • 元和元年五月七日

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  • 八三九

注記 (24)

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