『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.874

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ニ候と御申候故、近比〓つこうかましき御あひさつニて候とわらい申候, それゟ三人衆は、天王寺へ御歸候、新左衞門は阿波守ニ一禮申可立退と存, 申候、此仁之〓く之進物ニての禮を見申は、今が初ニて候と被申候へは、忠, 右殿もくりひ〓いの禮之申樣、筑前殿御言葉之樣子、彼是冥加ニ叶たる仁, 申候へは、阿波守ゆゝ敷手柄ニ候と筑前守殿御申候、則かしらをさけ禮を, 兩人はもとり申候、〓人出よと被申候ニ付、かぶとつき二つ前ニおき畏居, て物を被申、少立さり、將監、左門罷出よと被申、上野殿へ之御返事御申候〓、, 申歸申候處ニ、むきはたの中小塚のかけニ三人御入候間、それへ參候處ニ, 成を以御禮申上、重々忝存候、明日は早々可罷上候、何方ニ罷有共、御芳志忘, 之儀、主も忝可存と御申候、忠右殿は御歸可在候哉、將監左門は上野ゟ之使, 阿波守のほり下ニ相待候處ニ、暫候て被歸候間、此中之御なさけ、只今御取, 左門、新左衞門手を取、忠右衞門殿、私共は金銀色々之進物ニての禮をは見, ニ候條、召連可參と被申冬ノ御陣つき山に筑前殿御入候所へ、阿波守寄候, 此働之上は、筑前殿へ禮をいりせ可中候と被申候へは、忠右殿、それは一段, 置ましき旨申候へは、いや〳〵それニてはなく候、筑前殿御抱可在と御申, 黒田長政, ニ〓ス, 元和元年五月七日, 八七四

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  • 黒田長政
  • ニ〓ス

  • 元和元年五月七日

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  • 八七四

注記 (19)

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