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ふか、早々呼返し目を懸仕給へ、刀の惜きも用ニ立ん爲なり、其許差をるよ, し給ひしか、直ニよひ戻し元の如く仕給ひしと也、其刀樋口家子孫ニ至り, させ、奪取て出奔致し候へは、盗賊に紛れなく候と宣ふ、安房守殿打笑給ひ、, り、樋口ニさゝせしらは、用ニ立へく思ふ也と宣へは、左衞門殿赤面有、退出, ある時忍ひて京都ニ出、宮社佛闍へ參詣し、名所舊跡を詠な風情して、國々, 夫なれは猶更其許誤り給ふ也、元博奕と云ものは、僞にて人を出しぬくを, 房守殿、左衞門佐殿ニも、高野山ニ入、九度山と云所ニ蟄居し給ふ、左衞門殿, 持傳ふと云、其子角兵衞、其子又角兵衞と云、其子淺右衞門若死して、其子今, 刀をとられ給ふと聞つると仰せたれは、左衞門殿、其儀ニて候、渠作りさい, 關か原合戰敗れて後、石田に與力したる大小名、或死刑或流刑に行はれ、安, をこしらい、私か目をぬきて勝候へは、實の勝ニき無御座候、其上刀を取出, 召、其許夫程ニ腹立あるは、能々の事なるへし、我等は其許双六の賭に負て、, 年十三四才ニも成也、, 以本意とず、其理にくらをき其許ニはなかりしに、刀の惜さに其理を忘れ給, 置難き事ニ御座候、御意を伺ひ、心のまゝ計ひ候はんと宣ふ、安房守殿聞し, 元和元年五月七日, 元和元年五月七日, 九二一
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- 元和元年五月七日
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- 九二一
注記 (18)
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