『大日本維新史料 編年之部』 2編 1 安政1年1月~同年1月20日 p.281

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ひ、厚く賞を給ひ、後日改め召して、褒賞の御品を賜せ給ふ、, 然るに若君, ○嘉永六年十二月十一日、長岡監物、藩地ヲ出發ス。次ニ其史料ヲ收ム。, しくおほしぬるにそ、さらは用意し給へ、されと今度一度に打出給はんには、天下の人の往, ニ君上召され、御滿悦不淺、速なりしを驚を給ひ、又若君達の御出張を殊によろこはせ玉, 人も殘るものやはある、只一時に御館にはせ集り、其用意の外他事なく、かねて設し軍用乃, し給ふべきにあらず、などかいさみ給はさらむ、其由家の子郎等にとく傳へ聞せ給へは、一, み速にはせ着給ふは安き事に思召ぬれと、人馬の力もつゝを難く、且遠路出陣之時は士卒, 武器とり集めつゝ、御出馬を急きぬるまゝ、門出の日を撰はれて十二月十一日とそ定めらる、, の勞をいとふも軍法なれとて、平素往返の日積にて、明る正月九日江戸え着し玉へは、直, あるにそ、はしめは殘し置給ふべきを、其御望みの切なると、はた猛き御心のうちいとうれ, 此月のはしめ一日の夜、はからさるに仰を蒙り給へり、其任重しとおほしぬれと、元より辭, 十二月十一日、, はらからの御方へも、此度御出馬に後れはせし、伴ひ給へとひたすらに御申, 如く高き深き恩澤に、御身を以て報し玉ふ計の尊慮なり、かくて出馬し玉ひぬれは、君の, 鳥乃跡〕, }, 是式, 久野, 是豪, 書類, ○改訂肥後藩, 國事史料所載, 戸ニ著ス, ヲ受ク, 總帥ノ任命, 正月九日江, 安政元年正月九日, 二八一

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  • 是式
  • 久野
  • 是豪
  • 書類
  • ○改訂肥後藩
  • 國事史料所載

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  • 戸ニ著ス
  • ヲ受ク
  • 總帥ノ任命
  • 正月九日江

  • 安政元年正月九日

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  • 二八一

注記 (29)

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