『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.922

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出て云樣、今やうの時の作法にて、先關脇を出し候よいふ、樋口曰、見給ふ通, みて來る者あれは、其角木をかけをりて見決けるとそ、又此樋口は、何夷ニ, 片手ニも廻る者なく、修練の程は云に及はす、器量骨から並ふ者なし、内懸, けするなと留め給へは、御とらせ不被下候はゝ、罷歸ると自害仕ると〓く, と云術を得物ニせしに、平日己か庭ニ四寸角の栗の木を堀立置て、角力望, 故、手を放チ給ふと其まゝ踊り出、龜の甲殿御出あれと呼はりける、龜の甲, 不意ニ出て候は、先程ゟの御手練を見て、男の名聞に御手先に廻りて見申, 龜の甲ニは勝事なるましと宣ふ、樋口聞や否、帶を解けるを、左衞門殿しは, あれと云故、左衞門殿、さらはとて見物し給ふ、龜の甲折ニ出て取組けるニ, よらす我慢つよく、負と云事生涯いはぬ氣姓者也、左衞門殿しはむれニ、汝, 四角兵衞唯一人召連給ふ、其比日の本ニ隱れなき龜の甲と云關取、四條河, 原ニて勸進角力興行しける、老若上下見物夥し、四角兵衞、珍敷見物也、御覽, 度存候故罷出候、太儀なから甲殿御出候へと云、龜の甲是非なく出て取組, の風俗家々の風儀をそ伺れたる、世を憚る習なれは、編笠深く打冠り、樋口, にるに、不器量なれ共、小力も有て早業なれは、もしあたまちて負もすへき, 河原ノ勸, 進角力ニ, 樋口四條, 折ル, 出デ骨ヲ, 元和元年五月七日, 九二二

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  • 河原ノ勸
  • 進角力ニ
  • 樋口四條
  • 折ル
  • 出デ骨ヲ

  • 元和元年五月七日

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  • 九二二

注記 (22)

  • 497,653,62,2218出て云樣、今やうの時の作法にて、先關脇を出し候よいふ、樋口曰、見給ふ通
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