『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.514

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けれは、神君の仰を受て向ひたるなり、然るに又大坂に歸り向ふへしとの, 思は手は、其儘とらせにる、出羽此躰を見て、加兵衞を耻かしめ、其首を返さ, 戰して二級を得たり、日置豐前は出羽と一所に中の渡を越たるか、豐前か, 御下知あれは、紀州路ゟ舟にて渡る、折ふし難風にて黒雲覆ひ咫尺を辨を, は自身一ツは郎等越生角兵衞討取ける、出羽か家隷横山左馬介は殊ニ力, しむ、舟戸角左衞門は野里川の渡り越て、天滿川へ乘渡し、難波橋壹町計上, 首を奪ふ、半右衞門は場數世にゆるさるゝ者なれは、此追首なと物の數共, し、首百四十五を得たり、同姓美作守も同しく進みて、是も三級を得る、二ツ, 羽、たとへ海底の魚腹に葬らるゝとも、只大坂の方へ漕寄よと水主を勵ま, し下知しけるに、兵庫乃浦迄やう〳〵漕付ぬ、夫より陸地に上り道を急き、, 半右衞門も出羽か手に付、野里川を越し、敵を突倒し〓るを、山本加兵衞其, 家人坂口喜六郎、角田半左衞門貳人手にあひ、首を本陣にさしあくる、伊丹, 今日大坂に着く、はや落城の頃なりたるか、城中を迯出るかたきを追討に, す、激浪舳舷を越へ、烈風帆柱を摧かんとす、其艱難喩んかたなし、され共出, ニて、黒具足着たる武者を打取、又今橋の邊ニて馬上乃敵に行逢、高麗橋の, 舟戸角左, 衞門, 出羽ノ働, リ引返ス, 元和元年五月七日, 五一四

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  • 舟戸角左
  • 衞門
  • 出羽ノ働
  • リ引返ス

  • 元和元年五月七日

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  • 五一四

注記 (21)

  • 1792,647,58,2206けれは、神君の仰を受て向ひたるなり、然るに又大坂に歸り向ふへしとの
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