『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.990

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としめし物にて、故殿へ御ゆつりありしなり、此松坂、ちかくまて在けり、我, 左京大夫頼純ノ實母, 參りしといふ、天壽院殿かけさせ給ひし天神の御筆の法花經こそ、去夏見, は武者の通ルをよひかけて、其しり馬にのせられて御供したり、多の死骸, 一人ハ松坂局也、此局始ハ天樹院殿エ御, 天壽院殿を〓て、矢さま押開ておとし參らせし時に、松坂も石垣をつたふ, 歸り給へはかなはすと見へし、堀内主水御供して、岡山へ入まいらす、松坂, て下りゑり、殘りの女中もおなしく石垣を下り、おりせんとせし處に、淀殿, の上なとをわたりて出たりし、其後大雨の時に、簑を着て馬にのりて京へ, 松坂局ハ兄弟三人アリ、一人ハ上方比丘尼御所ト成リ、一人ハ紀州ノ松平, いとけなき時に、大坂城中の物語せしをきゝし、いとけなき故くわしくは, 覺へす、人々の人物抔をよく見おほへて語りし、城中美麗なる營作の事物, 奉公イタシ、名ハチヨボト云、其歳ハ天樹院殿ニ一ツ劣リ也、大坂落城ノ時, 朱三矢倉ノ備藏二間ニ五間ノ所ヲ三ツニ仕切、兩方ニ秀頼公ト淀殿、天樹, かたりせしとの仰なり, 〔柳營婦女傳〕, 後剃髮〓淨, 心院ト稱ス、, 天樹院殿御局, 松坂局御由緒傳, 松坂局傳, 千姫〓出, チヨボ, ノ状一説, 元和元年五月七日, 九九(〇

割注

  • 後剃髮〓淨
  • 心院ト稱ス、
  • 天樹院殿御局
  • 松坂局御由緒傳

頭注

  • 松坂局傳
  • 千姫〓出
  • チヨボ
  • ノ状一説

  • 元和元年五月七日

ノンブル

  • 九九(〇

注記 (26)

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