『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.260

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記けるとそ、右の人質は大坂落去の後、公義へ御渡有之處御戌敗有しと也、, 川一筋此島へ流れ、僅の門にて外き水田也、世の移替る事如此し、, と也、此方之御先手へ兩度矢文被射、累年御芳情之謝禮、且籠城の子細を被, けるに、地の底より艫一挺掘出しけるを、谷甚兵衞直ニ見たりと也、水中へ, 落沈しる成へし、豐前守殿配所き、久万村金性院の南楠有所也といふ、右の, 端帆の船にて乘出されしと也、津の崎まて八端帆の船を乘込程の事成れ, 夜右の小船久万川へ引入、豐前父子殿乘、浦戸忍出、大坂へ漕被登、籠城有し, は、今の吸江前の如くに有ける可成、先年瓦師愛宕山の西の田にて土を取, 毛利豐前守殿, 詐謀記事云、城府の北愛宕の南のはれを津野崎といふ入洛也、今は久間, 潛に浦戸口より船にて籠城せし事に、津の崎の邊にて、餞別の酒盛して、八, 所き、昔安樂寺といふ寺有、本は勅願寺にて有しといふ、此寺跡を豐前守殿, 忠義君へ御預人にて、久万ニ居玉ひしに、久万の配所より、, といふ、今の毛利, 氏の先祖なり、, 秀吉公の時、西國の檢使として、壹岐守殿を豐前の小倉へ遣, 豐前守殿、父を壹岐守といふ、氏は森也、初森三右衞門といふ、, とて、毛利と改らり、秀吉公へ忠勤を盡されけると也、毛利一齋といふ塲、壹, 〓されし時、森にては敵を服するにあしくは、毛利は西國のシのも聞觸し, 殿事を、加賀守殿より頼まれしといふ、御家士毛利久八といふは、壹岐守殿, 〓守殿の事也、又言、豐前守殿は鍋島加賀守殿縁家也、夫故忠義君へ、豐前守, 吉ノ命二, ヨリ森ヲ, 勝永山内, 毛利ニ改, 父勝信秀, 氏ニ預ケ, ラル, 元和元年五月八日, 二六〇

割注

  • といふ、今の毛利
  • 氏の先祖なり、
  • 秀吉公の時、西國の檢使として、壹岐守殿を豐前の小倉へ遣
  • 豐前守殿、父を壹岐守といふ、氏は森也、初森三右衞門といふ、
  • とて、毛利と改らり、秀吉公へ忠勤を盡されけると也、毛利一齋といふ塲、壹
  • 〓されし時、森にては敵を服するにあしくは、毛利は西國のシのも聞觸し
  • 殿事を、加賀守殿より頼まれしといふ、御家士毛利久八といふは、壹岐守殿
  • 〓守殿の事也、又言、豐前守殿は鍋島加賀守殿縁家也、夫故忠義君へ、豐前守

頭注

  • 吉ノ命二
  • ヨリ森ヲ
  • 勝永山内
  • 毛利ニ改
  • 父勝信秀
  • 氏ニ預ケ
  • ラル

  • 元和元年五月八日

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  • 二六〇

注記 (30)

  • 1578,636,66,2239記けるとそ、右の人質は大坂落去の後、公義へ御渡有之處御戌敗有しと也、
  • 1343,639,65,1956川一筋此島へ流れ、僅の門にて外き水田也、世の移替る事如此し、
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  • 636,635,71,2224端帆の船にて乘出されしと也、津の崎まて八端帆の船を乘込程の事成れ
  • 1811,635,64,2225夜右の小船久万川へ引入、豐前父子殿乘、浦戸忍出、大坂へ漕被登、籠城有し
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